2024/06/23 離婚・男女問題
離婚事由に当たる「悪意の遺棄」(民法770条1項2号)とは?
本コラムでは、離婚事由に当たる「悪意の遺棄」(民法770条1項2号)について、説明します。
目次
1、はじめに
2、配偶者から悪意で遺棄されたとき(民法770条1項2号)
⑴遺棄
⑵悪意
⑶正当な理由
3、裁判例
⑴実家に帰ったケース
⑵配偶者が障害を抱えていたケース
⑶病気療養のために帰ったケース
4、おわりに
1、はじめに
民法上、離婚は当事者が合意をすることにより、することができます(民法763条)。他方で、一方当事者が離婚を拒んでいる場合など、当事者間で合意に至らない場合には、協議による離婚はできません。
そして、協議による離婚ができない場合には、裁判による方法がありますが、離婚の判決がされるためには、法が定める離婚事由が存在する必要があります(民法770条)。
以下では、法が定める離婚事由のうち、「配偶者から悪意で遺棄されたとき」(民法770条1項2号)について説明します。
2、配偶者から悪意で遺棄されたとき(民法770条1項2号)
⑴ 遺棄
遺棄とは、形式的な置き去り、家出のみならず、民法770条1項2号の「遺棄」とは、夫婦の同居・協力及び扶助の義務(民法752条)を履行しないことをいいます。
裁判例(新潟地判昭和36年4月24日下裁民12巻4号857頁)においても、「「遺棄」とは、正当の理由なくして同法第七五二条に定める夫婦としての同居および協力扶助義務を継続的に履行せず、夫婦生活というにふさわしい共同生活の維持を拒否すること」であるとされています。
理論上は、上記、同居・協力・扶助の義務のすべてを履行しない場合のみでなく、いずれか一つの違反であっても遺棄に当たるものと考えられています(同居義務違違反に限定する見解もあるようです。)。
もっとも、裁判例においては、家を出たケース(同居義務違反)が多いものとなっています。
なお、遺棄はある程度の期間継続することが求められると理解されています。
⑵ 悪意
法律用語上、「悪意」という文言は、当該事実を「知っている」という意味で用いられますが、民法770条1項2号にいう「悪意」とは、単に知っているという意味よりも一段強い意味を持ち、社会的・倫理的に非難されるべき心理状態を指すものであると考えられています。
上記裁判例(新潟地判昭和36年4月24日下裁民12巻4号857頁)によれば、「「悪意」とは、たんに遺棄の事実ないし結果の発生を認識しているというよりも一段と強い意味をもち、社会的倫理的非難に値する要素を含むものであつて、積極的に婚姻共同生活の継続を廃絶するという遺棄の結果たる害悪の発生を企図し、もしくはこれを認容する意思(その意思は必ずしも明示的であることを要せず、当該配偶者の態度たとえば正当の理由なき同居の拒絶、長年にわたる音信不通などの事情から、明らかにその意思ありと推測されるなど黙示的であっても差し支えない。)をいうものと解する」とされています。
⑶ 正当な理由
正当な理由がある場合には「悪意の遺棄」には当たりません。例えば、DVによって別居せざるを得なくなった場合等には、別居には正当な理由があるものとして、悪意の遺棄には当たらないものと考えられます。
判例(最判昭和39年9月17日民集18巻7号1461頁)においても、上告人である妻が、夫の意思に反して、妻の兄らを同居させ、同居後兄と親密の度を加えて、夫たる被上告人をないがしろにし、かつ兄らのため、ひそかに夫の財産より多額の支出をしたため、これらが根本的原因となって夫が妻に対し同居を拒み、扶助義務も履行しない状況に至ったケースで、「上告人が被上告人との婚姻関係の破綻について主たる責を負うべきであり、被上告人よりの扶助を受けざるに至つたのも、上告人自らが招いたものと認むべき以上、上告人はもはや被上告人に対して扶助請求権を主張し得ざるに至ったものというべく、従って、被上告人が上告人を扶助しないことは、悪意の遺棄に該当しない」として、悪意の遺棄には当たらないものと判断しました。
3 裁判例
「悪意の遺棄」が問題となった裁判例を、以下いくつか紹介します。なお、これらは裁判例の一部であり、あくまでも事例ごとの判断となりますので、類型ごとに「悪意の遺棄」が認められる、認められないといったものではないことにはご留意ください。
(1)実家に帰ったケース
・京都地判昭和28年11月11日下民集4巻11号1638頁
妻が夫と協議が整わない段階で、夫の不在中に自己の荷物をすべて実家送り、次男を連れて実家に帰った事案で、裁判所は、「被告(妻)は自己の我ままを通し、原告(夫)との協議が充分整つていないにも拘らず、勝手に実家へ帰つてしまつた」とし、「殊に自己の荷物道具迄も運び去つたということは、原告との同居を拒否したと見なければならない」としつつも、
「しかし被告に於て原告との結婚生活を廃絶する意思を有していたかということになると一概にそう断定してしまうわけにはいかない」として、妻に夫との結婚生活を廃絶する意思を有していたかという点を検討しています。
そして、①実家へ帰宅後も被告と原告との間には文通があること、②生活費の授受が行われていること、③原告からの復帰の要請に対して、他人を介してではあるが原復帰の交渉をしていることといった事情から、「被告の増長したわがままの仕業であつて、夫婦生活についてのしつかりした認識のない被告が安楽な生活を希んでの軽卒な行為であり、結婚廃絶の意思までも有して居らなかつたものと見なければならない」として、結婚生活を廃絶する意思を否定し、悪意の遺棄とはいえないものと判断しました。
なお、本裁判例では、別途、婚姻を継続し難い重大な事由(5号)は認められています。
(2)配偶者が障害を抱えているケース
・東京家裁立川支部令和2年3月12日
夫(被告)が、妻(原告)が難病を発病して中途失明というに等しい大きな障害を抱えた状況で、妻と小学生の二人の子どもを残して実家に帰ったという事案で、裁判所は、「自分の身の回りのことですら一人でこなすことに種々の困難を伴う原告と小学生の二人の子どもを自宅に残したまま実家に帰ってしまったばかりか,報酬の振込口座を変更したり,住宅ローンの支払を停止して妻子が居住している自宅が競売で失われかねない事態を招いたり,健康保険を使えないようにしたりするなど,悪意の遺棄をしたというに他ならない。」として、悪意の遺棄であると判断しました。
妻が身の回りのことを一人でこなすことに困難が伴う状況であること、小学生の二人の子どもがいることのほか、報酬の振込口座を変更し、妻子が住む自宅の住宅ローンの支払いをせずに競売されかねない状況を招いたことと等が考慮されています。
なお、この裁判例では、離婚事由としての悪意の遺棄については、破綻の事実に争いがなく、慰謝料請求の存否及びその額について、悪意の遺棄の有無が問題となったものです。
・浦和地裁昭和60年11月29日判タ596号70頁
夫が、半身不随であった妻を置いて自宅を出て、帰宅しなくなり、いったん帰宅したものの一日で家を出て、以来一度も帰宅せず、生活費の送金も一切しなかった事案です。なお、妻は脳血栓による右半身機能不全を理由に身体障害者第四級と認定されており、裁判時において、右手が使えず、右足も利かないため歩行困難で、歩行するには杖が必要な状態でした。
裁判所は、「半身不随の身体障害者で日常生活もままならない原告を、そのような不自由な生活、境遇にあることを知りながら自宅に置き去りにし、正当な理由もないまま家を飛び出して長期間別居を続け、その間原告に生活費を全く送金していないものであり、被告の前記行為は民法七七〇条一項二号の「配偶者を悪意で遺棄したとき。」に該当する」として、悪意の遺棄を認めました。
(3)病気療養のために帰ったケース
・横浜地裁昭和50年9月11日
妻が病気を理由として実家に帰り、夫が自宅に帰るように促したが、妻は実家がよいと言って自宅に戻ろうとしなかった事案で、夫が妻に対し、悪意の遺棄に当たるとして、離婚の請求を行った事案です。
裁判所は、「(妻は)病気治療のため実家に帰り、その後原告(夫)の求めを無視して原告方に戻らなかったけれども、その間は約二か月位であり、原告(夫)との共同生活を廃止する意思があったとは認められないから、被告(妻)の右所為が原告(夫)を悪意で遺棄した場合に該当しない」として、悪意の遺棄には当たらないものと判断しました。
なお、別途、その他の事情を考慮し、婚姻を継続しがたい重大な事由があるものとして、離婚自体は認めています。
4、おわりに
本コラムでは、離婚事由としての「悪意の遺棄」とこれに該当する場合について、簡単に説明しました。
なお、「悪意の遺棄」にまでは当たらないケースであっても、「婚姻を継続し難い重大な事由」(770条1項5号)に当たるとして、離婚請求が認められる場合もあります。
離婚事由に当たるか迷われた場合には、一度弁護士に相談されることをお勧めします。