2024/08/22 離婚・男女問題
有責配偶者からの婚姻費用分担請求
本コラムでは、有責配偶者からの婚姻費用分担請求について、説明します。
1、有責配偶者からの婚姻費用分担請求
2、裁判例の紹介
1、有責配偶者からの婚姻費用分担請求
婚姻費用とは、婚姻生活の維持費用を意味し、衣食住の費用、医療費、娯楽費、交際費、養育費、教育費といったものが広く含まれます。
民法760条は、「夫婦は、その資産、収入その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。」と定めており、婚姻共同生活の維持費用である婚姻費用を夫婦が分担すべきであるとしています。
夫婦が別居した場合であっても、婚姻費用の分担義務は負うこととなります。
もっとも、勝手に配偶者が家を出ていった場合や、配偶者が不貞行為を行った等有責配偶者である場合に、婚姻費用分担義務を負うのかが問題となることがあります。
まず、勝手に家を出て行ったような場合であっても、そのことのみで婚姻費用分担義務を負わない(その者に支払わなくてもよい)ということではないと考えられています。
他方で、不貞行為等有責配偶者からの婚姻費用分担請求については、養育費に当たる部分は別として、自身の生活費に当たる部分は信義則違反或いは権利濫用として認められないことがあります。
以下では、有責配偶者からの婚姻費用分担請求が問題となった裁判例を紹介します。
2、裁判例の紹介
⑴名古屋高決平成27年7月17日
ア 事案の概要
妻が夫に対して、婚姻費用分担の申立を行ったところ、夫側からは、妻は不貞行為に及んでおり、有責配偶者であるから、婚姻費用分担請求は権利濫用として許されないと主張した事案です。
イ 裁判所の判断
原審(津家審平成27年7月17日)は、不貞行為の事実については認めつつも、婚姻関係の破綻については、夫の側にも破綻の一因があるとして、減額としました。
具体的には、婚姻費用算定表では、4ないし6万円の中ほどに当てはまるところを、破綻の状況と、破綻原因を考慮して、1万7000円の範囲で婚姻費用分担義務を認めました。
これに対し、抗告審は、婚姻関係破綻の主要な原因は、妻の不貞行為にあったというべきであるとして、妻が夫に対し、婚姻費用の分担を求めることは信義則上許されないとして、婚姻費用分担義務を認めませんでした。
ウ 解説
本事例では、原審と抗告審で判断が異なったところに特徴があります。
原審は、破綻について一定程度相手方(夫)の責任も考慮して、減額(6から7割ほど)としたのに対し、抗告審は、婚姻関係破綻の主要な原因を妻の不貞行為として、婚姻費用分担の請求を認めていません。
婚姻関係破綻の帰責性の程度というところで結論が分かれています。
⑵大阪高決平成28年3月17日判タ1433号126頁
ア 事案の概要
子を連れて夫と別居した妻が、婚姻費用の分担を求めた事案です。夫は、別居に至った原因は、専ら妻の不貞によるものでるとして、妻による婚姻費用分担金の請求は権利濫用に当たり認められないと主張しました。
イ 裁判所の判断
裁判所は、「夫婦は,互いに生活保持義務としての婚姻費用分担義務を負う。この義務は,夫婦が別居しあるいは婚姻関係が破綻している場合にも影響を受けるものではないが,別居ないし破綻について専ら又は主として責任がある配偶者の婚姻費用分担請求は,信義則あるいは権利濫用の見地からして,子の生活費に関わる部分(養育費)に限って認められる」と判断しました。
ウ 解説
この裁判例では、別居ないし破綻について専ら又は思として責任がある配偶者による婚姻費用分担請求について、有責配偶者自身の生活費については認めず、子の養育費相当額に限って認めるものとしています。
⑶東京高決平成31年1月31日
ア 事案の概要
妻が夫に対し、婚姻費用分担請求を行った事案です。
夫は、妻が別居開始日である日に当事者間の長男の首を絞め、夫を包丁で切りつけたものである上、それ以前から長男に対し、叩いたり蹴ったりという虐待をしていたのであることを理由に、別居の主な原因を作出した相手方からの婚姻費用分担請求は信義則違反又は権利濫用として認められないと主張しました。
イ 裁判所の判断
原審(東京家裁立川支審平成30年10月11日)は、妻がそのような行為に至った経緯として、長男の問題行動に悩み、夫に相談もできない状態であったこと等を考慮したうえで、家庭不和に陥った原因は妻が専ら又は主として有責であるとまでいうことはできず、婚姻費用分担を求めるのが信義則違反であるとか権利濫用であるとまで断ずるのは相当でないとして、婚姻費用分担請求を認めました。
これに対し、抗告審は、「婚姻関係の悪化の経過の根底には,相手方(妻)の長男に対する暴力とこれによる長男の心身への深刻な影響が存在するのであって,このことに鑑みれば,必ずしも相手方が抗告人(夫)に対して直接に婚姻関係を損ねるような行為に及んだものではない面があるが,別居と婚姻関係の深刻な悪化については,相手方の責任によるところが極めて大きいというべきである。」と述べ、婚姻関係の悪化について妻の側に極めて大きな責任があると認定しました。
その上で、夫が妻が居住する住宅の住宅ローンを支払っていること、住居を賃借し同住居で長男を養育していること、長男の学費や塾の費用を負担していることといった経済的状況に照らせば、「別居及び婚姻関係の悪化について上記のような極めて大きな責在があると認められる相手方が,抗告人に対し,その生活水準を抗告人と同程度に保持することを求めて婚姻費用の分担を請求することは,信義に反し,又は権利の濫用として許されない」として、妻による婚姻費用分担の請求を認めませんでした。