2024/09/02 相続・遺言
持戻し免除の意思表示が争われた裁判例の紹介
本コラムでは、持戻し免除の意思表示が争われた裁判例を紹介します。
1、持戻し免除の意思表示とは
2、持戻し免除の意思表示が争われた裁判例
1、持戻し免除の意思表示とは
特別受益とは、一部の相続人が被相続人から受けていた特別の利益のことを言い、民法は、そのような相続人が存在する場合に、当該相続人が受けた特別の利益の額を考慮して当該相続人の具体的相続分を減らすという仕組みを設けています。
具体的には、
①相続財産の価額に特別受益に当たる贈与の価額を加算して相続財産(みなし相続財産)を算出し、
②そのようにして算出した相続財産に法定相続分又は指定がある場合には指定相続分(民法第902条)を乗じて、個々の相続人の取り分(一応の相続分)を算出し、
③特別受益を受けた相続人については、②の取り分から、特別受益に当たる遺贈又は贈与の価額を控除し、それぞれの残額をもって具体的相続分を算定することになります。
もっとも、民法第903条3項は、「被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う」と定めており、被相続人が、相続人が、遺産分割において、特別受益を持戻す必要がない旨の意思表示をしていた場合には、持戻しが不要となります。
持戻し免除の意思表示は、明示のものでなく黙示のものであっても足りることから、黙示の持戻し免除の意思表示の存在を巡って、争われることがあります。
以下では、そのように持戻し免除の意思表示が争われた裁判例を紹介します。
2、持戻し免除の意思表示が争われた裁判例
⑴東京高決昭和51年4月16日判タ347号207頁
ア 事案の概要
被相続人から、その妻A及び長女Bに対する生前贈与について、持戻し免除の意思表示が争われた事案です。
生前贈与の目的物としては、①株式及び②土地がありました。
イ 裁判所の判断
①株式について、裁判所は、長女Bが強度の神経症となり、その後入院再発を繰返し、右株式が贈与された当時、40才で結婚もできない状態で両親の庇護のもとに生活していたこと、特に母であるAがBの身の廻りの世話をしていて、将来にわたってその状態を続けなければならないことが予測されていたことから、被相続人は株式の利益配当をもつてAとB生活の安定を計ろうとして株式の贈与を決意したものであることが認められるとしました。
また、他に嫁いでいたCに対しても、株式の贈与を行っていることも考え合わせると、被相続人としては、A、B及びCの全員に対して持戻し免除の意思を少なくとも黙示的に表示したものと推認できると判断しました。
②土地についても、「(長女Bが)強度の神経症のため独身のまま両親の庇護のもとに生活して来た者であり、その後も社会的活動によって独立した生計を営むことを期待することの困難な心身の状態にあつたという状況下で、相手方Aに対する四筆の土地と区別して特に一筆の宅地のみをに贈与することにした点を考慮に入れれば、父被相続人としては相手方Bに対する右贈与については、その贈与にあたり、相続開始の場合にも持戻計算の対象とすることを免除する意思を少なくとも黙示的には表示したものと推認できる」として、持戻し免除の黙示的な意思表示を認めました。
ウ 解説
本裁判例は、特別受益を受けた相続人が、同受益を必要とする状況であった(本件では、強度の精神病の為社会活動によって独立した生計を営むことを期待することが困難)ことから、そのような者への贈与について、被相続人の黙示の持戻し免除の意思表示を推認しており、参考になります。
また、株式については、他の相続人への贈与という部分も考慮しており、その点も参考になります。一般的にも、被相続人から相続人全員に同等程度の贈与があった場合には、持戻し免除の意思表示が推認されます。
⑵福岡高決昭和45年7月31日判タ260号339頁
ア 事案の概要
被相続人が、生前、三男Aに対し、複数回田、山林、原野、宅地及び居住家屋を贈与しており、特別受益が問題となった事案です。
イ 裁判所の判断
裁判所は、自筆証書遺言の要件を欠き無効である被相続人作成名義の自筆証書遺言書内の「私が全財産を三男Aへ譲渡す家出人相ぞく無A渡ス」旨の記載や、被相続人は農業を営んでいたが、三男Aが被相続人及びその妻と同居して農耕に従事していたこと、長男及び次男は独立して別居しており、農業には従事していなかったこと等から、被相続人は自己の営んできた農業を三男Aに継がせる意思であつたことを推認することができるとして、特別受益の持戻免除の意思を表示していたものと認めるのが相当であると判断しました。
ウ 解説
本事案では、遺言書の記載(遺言書としては無効)のほか、家業を継がせるという被相続人の意思から、持戻し免除の意思表示を認めています。