2024/08/25 離婚・男女問題
高額所得者の婚姻費用に関する裁判例の紹介
本コラムでは、高額所得者の婚姻費用に関する裁判例を紹介します。
1、はじめに
2、裁判例の紹介
⑴月額75万円と算定された裁判例
⑵月額125万円と算定された裁判例
⑶月額20万円と算定された裁判例
1、はじめに
婚姻費用の算定は、通常、改定標準算定方式を基に作成された算定表を用いて算出されることが一般的です。
しかしながら、算定表においては、総収入の上限額が、給与所得者は2000万円、自営業者は1567万円とされており、所得がこれを超える高額所得者の場合に婚姻費用をどのように算定するかが問題となります。
高額所得者の婚姻費用については、実務上大きく分けて4つの算定方法があり、これについては別のコラム(高額所得者の婚姻費用の算定方法 – 虎ノ門法律経済事務所 柏支店 – 千葉県・柏市の弁護士へ法律相談 (t-leo-law-kashiwa.com))にて、説明しています。
本コラムでは、裁判例において、具体的にどのような算定方法によって、いかなる金額が算定されたのかについて、紹介します。
2、裁判例の紹介
⑴支払うべき婚姻費用が月額75万円と算定されたケース
・東京高決平成29年12月15日判タ1457号101頁
ア 事案の概要(認定された事実)
・義務者の年収は約1億5000万円
・夫婦が長女と同居していた時の基本的な生活費は、月額約154万円
イ 裁判所の判断
裁判所は、まず算定方法について、「抗告人の年収は標準算定方式の上限をはるかに上回っており,職業費,特別経費及び貯蓄率に関する標準的な割合を的確に算定できる統計資料が見当たらず,一件記録によっても,これらの実額も不明である。したがって,標準算定方式を応用する手法によって,婚姻費用分担金の額を適切に算定することは困難といわざるを得ない。」として、標準算定方式を応用する方法を本事案でとることは困難とし、本件については、同居時の生活水準,生活費支出状況等、別居後の権利者の生活水準、生活費支出状況等諸般の事情を踏まえ、「家計が二つになることにより抗告人及び相手方双方の生活費の支出に重複的な支出が生ずること,婚姻費用分担金は飽くまでも生活費であって,従前の贅沢な生活をそのまま保障しようとするものではないこと等を考慮して,婚姻費用分担の額を算定することとする。」としました。
そして、相手方(権利者)が従前の生活水準を維持するために必要な費用について、夫婦が長女と同居していたときの基本的な生活費や、別居後の生活費を算出したうえで、月額105万円程度であるとしました。
その上で、別居に伴い抗告人においても同居時には必要がなかった賃料等の支出が生じること等諸般の事情を考慮して、月額75万円が相当であると判断しました。
ウ 解説
本事案で裁判所は、義務者の年収が標準算定方式の上限をはるかに上回っているケースであることを理由に、標準算定方式を用いずに、従前の生活状況等から、生活費を算定しています。
また、権利者には、義務者が全株式を保有する夫婦共有財産の管理会社が所有する自宅マンション(床面積約360平方メートル)に自己の負担なく居住を継続できるという事情もありました。
なお、原審は、婚姻費用の額を、一定期間は120万円、それ以降は125万円としていました。
⑵支払うべき婚姻費用が月額125万円と算定されたケース
・大阪高決令和4年2月24日判タ1508号108頁
ア 事案の概要(認定された事実)
・申立人(権利者)は無収入(子らの養育状況から就労が現実的でないため)
・相手方収入約7480万円(事業所得)
・子ども3人(1人は知的障がい有)
・子らに要する教育費は、認定されたもので月額約31万円から約38万円
・申立人世帯は少なくとも月額103万円程度の家計支出を要する状態にある。
イ 裁判所の判断
裁判所は、大枠の算定方法としては、「(改定標準算定方式)を維持した上で、高額所得者である原審相手方においては総収入から控除する税金や社会保険料、職業費及び特別経費について、原審相手方における事業収入の特殊性を踏まえた数値を用い、さらに一定の貯蓄分を控除して、同人の基礎収入を修正計算するのが相当」としました。
その上で、総収入から、①所得税を実額で控除(事業所得であり総収入の認定において社会保険料は控除済み)し、②職業費については実収入比13.35パーセント、特別経費については同13.67パーセントを控除し、③貯蓄額については、事業収入から税金を控除した残額の26パーセントに当たる金額を貯蓄分として控除し、(加えて認知子2名の養育費を控除しています)約2100万円を相手方の基礎収入としました。
その上で、算定方式に基づいて婚姻費用分担額を算定し、世帯の支出状況(103万円)等を踏まえ、支払うべき婚姻費用を月額125万円とするのが相当であると判断しました。
ウ 解説
本事案は、婚姻費用の月額が100万円を超えたものであり、高額所得者の事案の中でも珍しいものといえます。婚姻費用の額が月額100万円を超えることはないという見解もあり、一般化できるものでないことには注意が必要です。
算定方法は、所得税を実額で控除したうえで、職業費や特別経費については統計データから割合を算定したうえで控除し、加えて貯蓄額も控除するという算定方法をとっています。
また、その上で、申立人(権利者)側の実際の家計支出状況を踏まえこれを考慮し、判断しています。
本事案で高額な婚姻費用が認められた背景には、認定された申立人側の家計支出が月額103万円程度であったといった事情も影響しているものと考えられます。
なお、本件では、自営業者の場合、職業日は事業収入を算出する過程で経費として控除済みであるために、本来であればこれは控除されないにもかかわらず、実収入費の13.35%に当たる職業費が控除されている点や、貯蓄率の認定の妥当性について、疑問が呈されています(判例タイムズ1508号108頁)。
⑶月額20万円の婚姻費用の支払いを認めた裁判例
・東京高決平成28年9月14日判タ1436号113頁
ア 事案の概要(認定された事実)
・義務者の総収入金額は、約3940万円
・権利者の総収入金額は、約75万円
・子ども二人
・義務者は子どもの一人と同居し、一人暮らしをしているもう一人の子どもの生活費も負担
イ 裁判所の判断
裁判所は、まず、算定方法として、基礎収入を算定するに当たっては,税金及び社会保険料の実額を控除し,さらに,職業費,特別経費及び貯蓄分を控除すべきであると述べ、職業費及び特別経費については統計データから割合を算定したうえで控除し、貯蓄額については、総収入から税金及び社会保険料を控除した可処分所得の7%分としてこれを控除しました。
その上で、算定された基礎収入を基に婚姻費用を月額20万円と算定しました。
ウ 解説
本事案は、義務者が子どもの一人と同居し、一人暮らしをしているもう一人の子どもの生活費も負担していたという事案であり、そのため、負担する婚姻費用は配偶者の分のみという事案でした。
当然ではありますが、権利者が子を養育している場合には、子の養育費分の負担も生ずるため、より高額になります。
算定方法については、裁判所は、標準算定方式の考え方を維持しつつ、税金及び社会保険料の実額を控除し,さらに,職業費,特別経費及び貯蓄分を控除するという算定方法を取っています。