相続・遺言

2024/08/18 相続・遺言

遺言能力が争われた裁判例の紹介

 

 本コラムでは、遺言能力が争われた裁判例を紹介します。

 

1、遺言能力の判断基準

2、裁判例の紹介

 

1、遺言能力の判断基準

 遺言能力とは、遺言を単独で有効に行いうる能力であると理解されていますが、具体的には、遺言者が遺言事項(遺言の内容)を具体的に決定し、その法律効果を弁識するに必要な判断能力であると説明できます。

 遺言事項の内容(複雑性)によって、相対的に判断されるものと考えられ、画一的な基準により決められるものではありません。

 また、遺言能力の判断に当たっては、①遺言者の年齢、②病状を含めた心身の状況及び健康状態とその推移、③発病時と遺言時との時期的関係、④遺言時及びその前後の言動、⑤日頃の遺言についての意向、⑥受遺者との関係、⑦遺言の内容といった要素が考慮されているものと分析されています(岩木宰「遺言能力」判例タイムズ1100466頁(2002))。

 

 

2、裁判例の紹介

⑴東京高判平成22715日判タ1336241

ア 事案の概要

 司法書士の立会いの下に作成された公正証書による遺言が認知症により遺言能力を欠き無効であるとして争われた事案です。

 裁判では、以下のような事情が認められました。

・公正証書遺言作成日は、平成171216

・遺言者は、平成144月当時83歳であったが、この頃から現金や通帳を管理することができなくなっていた

・遺言者は平成16年ころから、近隣の知人の顔がわからなくなったり,昼夜逆転して深夜にテレビの音量を上げてみたりするなどした

・平成17年5月の時点における改訂長谷川式簡易知能スケールの点数は20点であり、認知症であることを示していた

・平成18年9月の診断においては,認知症を発症しており,知的能力は低く,判断力はほとんどなく,理解・判断力は極めて障害されているが,言葉の受け答えはする,長谷川式簡易知能スケール11点とされた

・遺言者は、公証役場に向かう道中、被控訴人らから虐待を受けている,被控訴人らには絶対財産をやらない,控訴人に上げたいと盛んに述べた

 

イ 裁判所の判断

 裁判所は、本件公正証書作成当時は少なくとも平成17年3月及び5月時点より認知症の症状は進行していたものと認められることや、認知症の症状の一つの被害妄想の表れがあること等を述べたうえで、「遺言の内容は,長年遺言者と同居して介護に当たり,養子縁組もしている被控訴人らに一切の財産を相続させず,控訴人に遺贈するという内容であり,特に遺言者の財産に属する本件不動産には被控訴人らが居住していることも合わせ考えると,このような認知症の症状下にある遺言者には,上記のような遺言事項の意味内容や当該遺言をすることの意義を理解して遺言意思を形成する能力があったものということはできない。」として、遺言能力を否定しました。

 

 この事案では、認知症の程度に加えて、遺言の内容が不自然、不合理なものであることが遺言能力の判断に当たって、大きく考慮されているものと捉えられます。

 

 

⑵京都地判平成25411日判時219292

ア 事案の概要

 会社の全株式を含む数億円の全財産を顧問弁護士に遺贈する旨の秘密証書遺言及び自筆証書遺言が、意思能力を欠くものとして無効であると争われた事案です。

 秘密証書遺言は、平成17年に、自筆証書遺言は、平成15年に作成されていました。

 

イ 裁判所の判断

 裁判所は、平成17年の秘密証書遺言については、認知症の中核的な症状が非常に顕著に現れていたこと、認知症の症状に照らせば,遺言者には,小学校高学年の児童程度の精神能力があったとも到底考えられないことから、遺言能力を否定しました。

 

 平成15年の自筆証書遺言については、まず、「意思表示が,どの程度の精神能力がある者によってされなければならないかは,当然のことながら,画一的に決めることはできず,意思表示の種別や内容によって異ならざるをえない(意思能力の相対性)。と述べ、遺言能力の有無の判断は、その意思表示の内容によって、異なることを示しました。

 その上で、本事案については、「本件遺言は文面こそ単純ではあるが,数億円の財産を無償で他人に移転させるというものであり,本件遺言がもたらす結果が重大であることからすれば,本件遺言のような遺言を有効に行うためには,ある程度高度の(重大な結果に見合う程度)の精神能力を要するものと解される。」こと、「文面こそ単純であるが,本件遺言が訴外会社の経営にもたらす影響はかなり複雑である。」ことを考慮すると、小学校高学年レベルの精神能力よりも高い精神能力(ごく常識的な判断力)が必要であると述べました。

 そして、本件遺言書を作成した後に別の者に会社の経営を任せる旨を伝え、同人を後継者にする意図を有していたことから、被告に会社の株式含む全資産を遺贈するという遺言は行わないのが当たり前であること、それにも関わらずそのような遺言をし、全く心配をしていないことから、「本件遺言をした場合の利害得失を「ごく常識的な判断力」のレベルでさえ,全く理解していなかったものといわなければならない。」と述べ、その他の事情(遺言の内容が生活歴からして奇異であること、血管性認知症又はアルツハイマー型認知症を発症していたこと)も考慮して、遺言を無効と判断しています。

 

 この事案では、遺言の内容によって求められる遺言能力の判断が異なることを示したうえで、遺言が会社の経営にもたらす影響がかなり複雑であることから、常識的な判断力が求められるとし、遺言者の行動に照らして遺言の内容が不都合であること、遺言の内容が遺言者の生活歴からすれば奇異であること、認知症を発症していたことを考慮して、遺言を無効と判断しています。

 

 

⑶広島高判令和2年9月30日判時249629

ア 事案の概要

 土地を子どもに相続させる内容の遺言が無効であるとして、その効力が争われた事案です。

 遺言が無効であることの理由としては、遺言をするに当たっての思考過程は単純なものではないこと、アルツハイマー型認知症が中等度から高度に相当する認知症に進行していたと考えられること、遺言者には相当程度の恒常的な記憶障害及び見当識障害もあり、日常生活や意思の伝達もままならないほど理解力及び判断力が低下していたこと、過去の遺言の内容を改めて遺言をするような合理的な理由がないことといった事情が主張されました。

 

イ 裁判所の判断

 裁判所は、「遺言能力の有無の判断については、一般的な事理弁識能力があることについての医学的判断を前提にしながら、それとは区別されるところの法的判断として、当該遺言内容について遺言者が理解していたか否かを検討するのが相当であ」るとし、「主として①遺言時における遺言者の精神上の障害の存否、内容及び程度、②遺言内容それ自体の複雑性、③遺言の動機・理由、遺言者と相続人又は受遺者との人的関係・交際状況、遺言に至る経緯等の諸事情を総合考慮する」との判断枠組みを示しました。

 その上で、

・医療記録から認定した事実から、遺言者は、遺言時において、少なくともアルツハイマー型認知症の初期症状の様子を呈していたとしながらも、遺言能力がなかったと疑わせるほどの重度のアルツハイマー型認知症であったとは認めるに足りない(上記①)

・遺言の内容は、明確であって複雑なものではない(上記②)

・遺言を取り消し、本件遺言を決意することは十分に考えられるところである(上記③)

と認定し、遺言能力がなかったものとまではいえないと判断しました。

 

 この事案では、遺言者の精神上の障害の程度、遺言内容の複雑性、過去の遺言を取り消し新たな遺言をする動機の有無といった点を考慮・検討したうえで、遺言が有効であると判断されています。

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