2024/08/09 相続・遺言
相続人の廃除に関する裁判例の紹介
本コラムでは、相続人の廃除が争われた裁判例を紹介します。
1、相続人の廃除について
2、裁判例の紹介
1、相続人の廃除について
相続人の廃除とは、一定の事由がある場合に、被相続人の意思により遺留分を有する推定相続人の相続資格を失わせる制度です。相続人の廃除がなされると、推定相続人は、相続資格を喪失することになります。
相続人廃除の方法としては、被相続人が、①生前に推定相続人の廃除を家庭裁判所に請求して行う方法と、②被相続人が遺言で推定相続人を廃除する意思を表示する方法があり、廃除事由としては、「被相続人に対して虐待をし、若しくはこれに重大な侮辱を加えたとき、又は推定相続人にその他の著しい非行があったとき」(民法892条)と定められています。
2、裁判例の紹介
⑴夫婦間での廃除に関する裁判例
ア 大阪高決令和2年2月27日判タ1485号115頁
被相続人の夫の相続人廃除(遺言による廃除)が問題となった事案です。
被相続人は、遺言において、抗告人から精神的,経済的虐待を受けたと主張し,具体的理由として,①離婚請求,②不当訴訟の提起,③刑事告訴,④取締役の不当解任,⑤婚姻費用の不払い及び⑥被相続人の放置を主張していました。
裁判所は、まず判断枠組みとして、「推定相続人の廃除は,被相続人の意思によって遺留分を有する推定相続人の相続権を剥奪する制度であるから,廃除事由である被相続人に対する虐待や重大な侮辱,その他の著しい非行は,被相続人との人的信頼関係を破壊し,推定相続人の遺留分を否定することが正当であると評価できる程度に重大なものでなければならず,夫婦関係にある推定相続人の場合には,離婚原因である「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)と同程度の非行が必要であると解するべきである。」と述べました。
その上で、婚姻を継続し難い重大な事由はなく、遺言作成の後に言い渡された離婚訴訟の判決において,婚姻を継続し難い重大な事由が認められないと判断されたこと、被相続人の遺産は、夫とともに営んでいた事業を通じて形成されたものであること、被相続人と夫との不和は,約44年間に及ぶ婚姻期間のうちの5年余りの間に生じたものにすぎないことといった事情を考慮し、廃除事由には該当しないと判断しました。
この裁判例では、夫婦関係にある推定相続人の場合には、「夫婦関係にある推定相続人の場合には,離婚原因である「婚姻を継続し難い重大な事由」(民法770条1項5号)と同程度の非行が必要である」という考え方が示されています。
もっとも、離婚では、財産分与による清算等夫婦共同財産の分配の可能性が残るのに対し、廃除の場合には、遺留分権を含む相続権のはく奪という強力な効果を生じさせるものであることから、異なった考慮を要する(潮見佳男『詳解相続法 第2版』57頁(弘文堂、2022))として、上記裁判例の判断枠組みに疑問を示す見解もあります。
このように、離婚においては財産分与等による共同財産分配の可能性が残ることに対し、相続排除は、遺留分権を含む相続権がはく奪され、財産の取得ができなくなることからすると、離婚原因よりも厳格に判断されるべきとも考えられます。
イ 釧路家裁北見支審平成17年1月26日家月58巻1号105頁
被相続人の夫の廃除(遺言による廃除)が問題となった事案です。
遺言に記された具体的な廃除事由としては、被相続人が「癌末期の病状にあり,低温,雑菌のある生活環境を避けるべき状況にあるにもかかわらず,暖房費がもったいないなどとして極めて劣悪な環境の中に生活させるなどの肉体的虐待を加え」たことの他、前妻との間の長男に対し、「はらわたが腐っているので,黙っていてもまもなく死ぬので慰謝料など支払う心配はない。ビター文出す値のない女である。」等と述べるなど精神的虐待を加え続けたというものでした。
裁判所は、被相続人が末期ガンを宣告された上,手術も受けて退院し自宅療養中であったにもかかわらず,この間,寒さが厳しい時期が2度あった1年間ほどの間、療養に極めて不適切な環境を作出し,被相続人にその環境の中での生活を強いていたとして、客観的にみても虐待と評価するほかないと述べました。
その上で、被相続人の人格を否定するような発言もしていること等から、夫は闘病中の被相続人に対し虐待をしているとの認識があり、これを積極的に容認していたとして、被相続人に対する虐待行為は,その程度自体も甚だしく,相手方に推定相続人からの廃除という不利益を科してもやむを得ないとして、廃除を認めました。
⑵親子間での廃除に関する裁判例
ア 東京高決平成4年12月11日判時1448号130頁
親子間での廃除(娘に対する廃除申立て)が問題となった事案です。
両親は、排除の事由として、相手方の行状は、「たちの悪い親泣かせ」であり、廃除原因である「重大な侮辱」・「著しい非行」に当たると主張しました。
具体的には、小・中学校のころから、非行を繰り返し、正当な親の監督に服さず、少年院等における処遇を受けても行いを改めなかったことや、高校生になってからも、不良交友関係や万引き等の非行がますます深刻化したこと、暴力団幹部で犯罪歴のある者と婚姻するに至ったこと、同暴力団幹部の夫の父が、父の名をかたって結婚披露宴の案内状を印刷し、関係者に送付したことといった事実が主張されました。
裁判所は、まず、「民法第八九二条にいう虐待又は重大な侮辱は、被相続人に対し精神的苦痛を与え又はその名誉を毀損する行為であって、それにより被相続人と当該相続人との家族的協同生活関係が破壊され、その修復を著しく困難ならしめるものをも含む」と述べました。
その上で、小学校の低学年のころから問題行動を起こすようになり、中学校及び高校学校に在学中を通じて、虞犯事件を繰り返して起こし、少年院送致を含む数多くの保護処分を受けたこと、スナックやキャバレーに勤務したり、前科のある暴力団の中堅幹部である者との婚姻の届出をし、その披露宴をするに当たっては、両親らが右婚姻に反対であることを知悉していながら、披露宴の招待状に招待者として相手方の父と連名で自身の父の名を印刷して両親らの知人等にも送付するに至るという行動に出たといった事実を認定し、
「これら一連の行為により、抗告人ら(両親)が多大な精神的苦痛を受け、また、その名誉が毀損され、その結果抗告人らと相手方(娘)との家族的協同生活関係が全く破壊されるに至り、今後もその修復が著しく困難な状況となっている」として、廃除を認めました。
イ 東京高決平成8年9月2日家月49巻2号153頁
親子間での廃除(長男に対する申立て)が問題となった事案です。
被相続人は、遺言によって、長男が、父である被相続人を常に馬鹿等と罵り、かつ事ある毎に侮辱し、また、被相続人の妻であって長男の母である者に対して暴力を加えるなど虐待を続けたことを理由に相続人から廃除する旨の意思表示をしました。
裁判所は、「廃除は,被相続人の主観的,恣意的なもののみであってはならず,相続人の虐待,侮辱,その他の著しい非行が客観的に重大なものであるかどうかの評価が必要となる。」としたうえで、「その評価は,相続人がそのような行動をとった背景の事情や被相続人の態度及び行為も斟酌考量したうえでなされなければならない。」と述べ、相続人の行動の背景事情等も斟酌されるべきとしました。
そして、この事案では、長男と被相続人との不和はそれぞれの妻の嫁姑関係の不和に起因すること、嫁姑間において、頻繁に口論し,その結果お互いに相手に対する悪口,嫌がらせ,果ては暴力を振るうような関係に至っていたこと、長男と被相続人とも(嫁姑の)紛争に関わる中で、口論が日常的なものとなり、双方が相手を必要以上に刺激するような関係になっていったものであるといった事情から、「そういう家庭状況にあって,抗告人がはるゑや被相続人に対し,力づくの行動や侮辱と受け取られるような言動をとったとしても,それが口論の末のもので,感情的な対立のある日常生活の上で起こっていること,何の理由もなく一方的に行われたものではないことを考慮すると,その責任を抗告人にのみ帰することは不当であるというべきである。」として、相続人の廃除を認めませんでした。