2024/07/29 相続・遺言
自筆証書遺言の概要
本コラムでは、自筆証書遺言の方式と作成方法について、簡単に説明します。
1、自筆証書遺言について
2、「自書」とは
3、自筆証書遺言の方式
1、自筆証書遺言について
民法968条1項は、「自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。」と規定しており、①全文の自書(例外については後述)、②日付の自書、③氏名の自書、④押印の要件を満たして作成する必要があります。
簡単に遺言を作成できるというメリットがあり、実際に多く用いられている方法になります。他方で、簡単に作成できるが故に偽造の可能性や解釈上の疑義が生じ、紛争化する恐れもあります。
そのため、自筆証書遺言には、上記のような全文を自書とする要件が設けられています。
判例(最判昭和62年10月8日民集41巻7号1471頁)も、「自書が要件とされるのは、筆跡によつて本人が書いたものであることを判定でき、それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができるからにほかならない。そして、自筆証書遺言は、他の方式の遺言と異なり証人や立会人の立会を要しないなど、最も簡易な方式の遺言であるが、それだけに偽造、変造の危険が最も大きく、遺言者の真意に出たものであるか否かをめぐつて紛争の生じやすい遺言方式であるといえるから、自筆証書遺言の本質的要件ともいうべき「自書」の要件については厳格な解釈を必要とする」と述べています。
2、「自書」とは
⑴自書能力
自書とは、遺言の作成者が自分で書くことを意味するものであり、遺言者が文字を知り、文字を自らの意思に従って筆記する能力を有することが必要です。
判例(最判昭和62年10月8日民集41巻7号1471頁)においても、「全く目の見えない者であつても、文字を知り、かつ、自筆で書くことができる場合には、仮に筆記について他人の補助を要するときでも、自書能力を有するというべきであり、逆に、目の見える者であつても、文字を知らない場合には、自書能力を有しないというべきである。」とされています。
⑵添え手
遺言者が高齢や病気、障害等の事由から筆記に補助を要するような場合に、「自書」であるといえるかが問題となることがあります。
判例(最判昭和62年10月8日民集41巻7号1471頁)においては
(1)遺言者が証書作成時に自書能力を有し、
(2)他人の添え手が、単に始筆若しくは改行にあたり若しくは字の間配りや行間を整えるため遺言者の手を用紙の正しい位置に導くにとどまるか、又は遺言者の手の動きが遺言者の望みにまかされており、遺言者は添え手をした他人から単に筆記を容易にするための支えを借りただけであり、かつ、
(3)添え手が右のような態様のものにとどまること、すなわち添え手をした他人の意思が介入した形跡のないことが、筆跡のうえで判定できる場合には、
「自書」の要件を充たすものとして、有効であると判断されています。
そのため、上記⑴から⑶の要件を満たすかを検討する必要があります。
補助者が積極的に手を誘導し、補助者の整然と字を書こうとする意思に基づき本遺言書が作成されたような場合には、無効となるものと考えられます。
⑶文書作成機器の使用
自筆証書遺言において、「自書」であることが要件とされている理由は、上記判例の述べるように「筆跡によつて本人が書いたものであることを判定でき、それ自体で遺言が遺言者の真意に出たものであることを保障することができる」ためであることから、筆跡から本人が書いたものであることが判定できないタイプされたものや、コピーされたものは「自書」の要件を満たしません。
他方で、カーボン複写の場合については、「カーボン紙を用いることも自書の方法として許されないものではない」として、これを認めた判例(最判平成5年10月19日家月46巻4号27頁)があります。なお、原審(仙台高判平成4年1月31日金商判例938号30頁)は、カーボン紙を用いることも自書の一つの手段方法と認められるとする理由として、「カーボン紙による複写であっても本人の筆跡が残り筆跡鑑定によって真筆かどうかを判定することが可能であって、偽造の危険性はそれほど大きくないことが認められる」ことを挙げています。
3、自筆証書遺言の方式
⑴全文の自書
遺言は、その全文が遺言者による自書であることが求められます。
もっとも、自筆証書遺言にこれと一体のものとして相続財産の全部又は一部の目録を添付する場合には、その目録については、自書によることを要しません(民法968条2項前段)。したがって、自筆証書遺言にこれと一体のものとして添付する財産目録については、パソコンやワープロ等を用いてタイプされたものでも認められます。なお、この場合(自書によらない財産目録を添付する場合)には「目録の毎葉(自書によらない記載がその両面にある場合にあっては、その両面)に署名し、印を押さなければならない」(民法968条2項後段)とされています。
⑵日付の自書
遺言のなされた日を明確にすることから、日付の記載が求められます。遺言が複数ある場合には有効な遺言を判断する必要があり、また、遺言能力が問題となった場合にも、遺言の時点を特定する必要があることから、特定の日付を記載することが必要です。
日付は西暦であっても、和暦であっても構いません。
もっとも、令和6年7月吉日といったような日付が特定できない記載では足りません。判例(昭和54年5月31日民集33巻4号445頁)においても、「証書の日附として単に「昭和四拾壱年七月吉日」と記載されているにとどまる場合は、暦上の特定の日を表示するものとはいえず、そのような自筆証書遺言は、証書上日附の記載を欠くものとして無効である」と判断されています。
⑶氏名の自書
氏名の自書は、遺言者を特定するという理由から求められます。戸籍上の氏名に限られるものではありません。通称やペンネーム、婚姻前の氏といったものであっても、遺言者を特定できる場合には、有効です。
⑷押印
押印は、遺言が真意に基づくものであることを担保することと、遺言が完結したということを示すために求められるものであると理解されています。
実印に限るものではなく、これ以外の印鑑でも可能です。また、遺言書が複数枚に及ぶ場合であっても、押印はその内の一枚にされていれば足りるものと考えられています。
判例(最判昭和36年6月22日民集15巻6号1622頁)においても、「遺言書が数葉にわたるときであつても、その数葉が一通の遺言として作成されたものであることが確認されればその一部に日附、署名、捺印が適法になされている限り、右遺言書を有効と認めて差支えない」とされています。