相続・遺言

2024/07/24 相続・遺言

遺産分割における死亡退職金の扱い

 

 本コラムでは、遺産分割における死亡退職金の扱いについて説明します。

 

1 死亡退職金と遺産分割対象財産

 死亡退職金は、実務上多くの場合、遺産分割の対象財産に含まれないと考えられています。

 もっとも、死亡退職金は、被相続人の死亡後、支給先の退職金規程或いは決議にしたがって支払われるものであるため、その性質は、個々の会社の規程や支給慣行により異なるものとなります。

 判例(最判昭和55年11月27日民集34巻6号815頁)においても、「規程によると、死亡退職金の支給を受ける者の第一順位は内縁の配偶者を含む配偶者であって、配偶者があるときは子は全く支給を受けないこと、(中略)死亡した者の収入によって生計を維持していたか否かにより順位に差異を生ずることなど、受給権者の範囲及び順位につき民法の規定する相続人の順位決定の原則とは著しく異なつた定め方がされている」ことから、同規定は、「専ら職員の収入に依拠していた遺族の生活保障を目的とし、民法とは別の立場で受給権者を定めたもので、受給権者たる遺族は、相続人としてではなく、右規程の定めにより直接これを自己固有の権利として取得するものと解するのが相当である」として、死亡退職金の受給権は相続財産に属さず、受給権者である遺族が存在しない場合に相続財産として他の相続人による相続の対象となるものではないと判断しています。

 その為、個々の事案において、規程を踏まえ、個別の検討をする必要があります。

 

2 死亡退職金と特別受益

 特別受益(民法第903条第1項)は、被相続人からの遺贈又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計資本としての贈与がこれに当たります。死亡退職金は、被相続人の死亡後、会社の退職金規程或いは決議にしたがって受取人である相続人に支払われるものですので、被相続人からの「遺贈」又は「贈与」に当たらず、特別受益には当たらないのではないかという問題が生じます。

⑴ 裁判例

ア 判断枠組み

 死亡退職金が特別受益に当たるかという点が争われた事案で、「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。」(最高裁判所平成16年10月29日第二小法廷決定・民集58巻7号1979頁参照)。として、生命保険金と特別受益に関する判例を引用した上で、「死亡退職金についても、生命保険金と同様に、受取人である相続人が自らの固有の権利として取得するものである場合において、他の共同相続人との間に民法903条の趣旨に照らして是認することができない特段の事情が存在するときは、同条の類推適用による持戻しの対象となると解するのが相当である。」という判断枠組みを示した裁判例(東京地判平成25年10月28日民集70巻2号212頁)があります。

イ 結論

 上記判断枠組みを示した上で、裁判所は、①受け取った保険金及び死亡退職金が、それぞれ1億3787万7175円及び3億6100万円であって、比較的高額ではあるものの、本件被相続人の遺産総額に対する比率でみれば、過半を占めるようなものではないこと、②受取人は、被相続人と同居しており、被相続人の配偶者として長期に渡り貢献してきたことが推認されること、③その他の相続人の一人(特別受益の主張をしていた者)が、保険金3000万円を受領し、被相続人の生前にも経済的援助として毎月定額の振込送金を受けていたことがうかがわれること等の事情を考慮して、「相続人間に生じる不公平が民法903条の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存するとはいえない。」として、特別受益に当たらないものと判断しました。

 なお、若干事案が複雑なため詳細は省きますが、遺産総額については、遺産分割時点での相続財産評価額は17億8670万3828円、価額支払請求時の評価額は7億9239万5924円、価額支払請求事件の口頭弁論終結時における評価額は10億0696万8471円という事案です。

 

⑵ 異なる判断を示した裁判例

ア 肯定(大阪家審昭和51年11月25日家月29巻6号27頁)

 国家公務員であった被相続人の死亡退職金が問題となった事案で、「国家公務員退職手当法二条および一一条によれば、(中略)公務員の退職金制度は公務員およびその遺族の生活の安定と福祉の向上を図ることを第一目的とするものであると考えられる。従って、死亡退職金の受給権を有する遺族、本件においては相手方は固有の権利として被相続人の死亡による退職手当を取得すると解するのが相当である。しかしながら、共同相続人間の実質的公平の見地から、遺産分割の際、これについて全く考慮に入れないのは妥当でなく、特別受益になるものと解すべきである。」として、死亡退職金は受給権者固有の権利としながらも、共同相続人間の実質的公平の見地から、特別受益に当たると判断した裁判例(大阪家審昭和51年11月25日家月29巻6号27頁)があります。

イ 否定(東京家審昭和55年2月12日家月32巻5号46頁)

 死亡退職手当が問題となった事案で、①文理上民法903条に定める生前贈与又は遺贈に当たらないこと、②受給権者である相続人が死亡退職手当又は遺族年金のほか相続分に応じた相続財産を取得しても、共同相続人間の衡平に反するものということはできず、むしろ被相続人による相続分の指定など特段の意思表示がない限り、被相続人の通常の意思にも沿うものと思われること、③民法1044条は遺留分に関し同法903条を準用しているが、上記死亡退職手当又は遺族年金は遺留分算定の基礎に算入されながらも、減殺請求の対象にならないものと解され、その結果、他に贈与又は遺贈がないとき、遺留分侵害を受けながら減殺請求ができない場合が生ずるという不合理な結果が考えられること等の理由から、特別受益に当たらないと判断した裁判例(東京家審昭和55年2月12日家月32巻5号46頁)があります。

 

⑶ まとめ(死亡退職金と特別受益について)

 死亡退職金が特別受益に当たるかについて、裁判例をいくつか挙げましたが、上記()記載の肯定した裁判例及び否定した裁判例については、生命保険の特別受益該当性に関する最高裁決定(最高裁判所平成16年10月29日第二小法廷決定・民集58巻7号1979頁)が出される以前のものとなります。

 そして、同決定が出された現在では、死亡退職金についても、同決定の判断枠組みに沿って判断すべきとする考え方が有力であると考えられています。

 そのため、基本的には死亡退職金の事案においても、同決定で考慮すべきとされている事情を踏まえて、「他の共同相続人との間に民法903条の趣旨に照らして是認することができない特段の事情」の存在について検討することになると考えられます。

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