2024/07/12 相続・遺言
遺留分侵害額請求について
本コラムでは、遺留分侵害額請求について、その概要と算定方法及び問題となる点について解説します。
目次
1、遺留分について
2、遺留分制度の趣旨
3、遺留分を請求できる人
4、遺留分の算定方法
5、遺留分侵害額の算定方法
6、遺留分侵害額請求の方法と流れ
7、遺留分減殺請求からの改正点
8、注意点
1、遺留分について
遺留分(民法1042条)とは、被相続人の財産の内、被相続人による自由な処分(贈与、遺贈、相続させる旨の遺言等)に制限が加えられている部分のことをいいます。端的に説明すると、遺留分は、法律上保障されている最低限の取り分という表現になります。
その為、遺留分を有する一定の相続人(遺留分権利者)は、遺言や贈与により、被相続人の財産が処分され、自身に分割される相続財産がなくなったとしても、遺留分の限度で、その侵害額相当額を請求することができます。
2、遺留分制度の趣旨
遺留分制度は、被相続人の財産処分の自由と身分関係を背景とした相続人の諸利益との調整を図るものである(最判平成13年11月22日(民集55巻6号1033号))とされています。
財産所有者は、その保有する財産の処分について基本的に自由に決定することができます。これは、生前においても死後においても変わりません。財産所有者は、生前贈与等による生前における財産処分だけではなく、遺言によって、自分の死後において何を誰に対して承継させるのかについて、基本的には自由に決めることができます。
しかしながら、財産の処分を被相続人の完全な自由に委ねてしまうと、被相続人の意思により、一部の相続人は被相続人の財産を一切承継できないという帰結になります。
相続制度は、相続人の生活保障や遺産形成に貢献した相続人の潜在的持分の清算という機能、相続人間の公平という機能を有しているものと考えられるところ、上記のように一部の相続人が被相続人の財産を一切承継できないということになれば、このような相続制度の機能を害するおそれが生じます。
そこで、法は被相続人による財産処分の自由と上記相続制度の機能を調整するものとして、遺留分制度を設け、一定の相続人に最低限の取り分(取り分が侵害された場合にその侵害額相当額)を確保しています。
3、遺留分を請求できる人
遺留分を有する相続人(民法1042条1項柱書)は、被相続人の①配偶者、②子、③直系尊属であり、兄弟姉妹は遺留分を有しません。代襲相続が生じた場合には、子の代襲相続人も遺留分権利者となります。また、相続発生時に胎児であった者も、出生した場合には遺留分を有することになります(民法886条)。
もっとも、上記の者が、相続欠格(民法891条)、排除(民法893条)、相続放棄(民法915条)により相続権を喪失した場合には、その者には遺留分も認められません(相続欠格又は排除のケースで、代襲相続が生じる場合には、代襲相続人には遺留分が認められます)。
4、遺留分の算定方法
(個別的)遺留分は下記の計算式によって算出します。
個別的遺留分=遺留分算定を算定するための財産の価額(民法1043条)×総体的遺留分割合(民法1042条1項)×法定相続分の割合(民法1042条2項)
⑴ 総体的遺留分割合
ア 直系尊属のみが相続人である場合
3分の1
イ ア以外の場合
2分の1
⑵ 法定相続分(民法900条)
ア 子及び配偶者が相続人
配偶者2分の1、子2分の1
※子が数人ある時は、子一人当たりの相続分は、2分の1×子の人数分の1
イ 配偶者及び直系尊属が相続人
配偶者3分の2、直系尊属3分の1
※直系尊属が複数ある時は、尊属一人当たりの相続分は、3分の1×尊属の人数分の1
ウ 配偶者及び兄弟姉妹が相続人
配偶者4分の3、兄弟姉妹4分の1
※兄弟姉妹が複数ある時は、兄弟姉妹一人当たりの相続分は、4分の1×兄弟姉妹の人数分の1(なお、上述したように兄弟姉妹に遺留分は認められません。)
⑶ 遺留分割合の具体例
ア 相続人が配偶者のみ
2分の1×1=2分の1
イ 相続人が子どものみ
2分の1×相続人である子どもの人数分の1
※相続人である子どもが3人の場合、一人当たりの遺留分割合は、2分の1×3分の1=6分の1
ウ 相続人が子及び配偶者
配偶者・・・2分の1×2分の1=4分の1
子ども・・・2分の1×2分の1=4分の1
※相続人である子どもが複数人いる場合の子一人分の遺留分割合は、上記×人数分の1。
エ 相続人が父母のみ
3分の1×相続人である父母の人数分の1
オ 相続人が兄弟姉妹のみ
なし
カ 相続人が配偶者と兄弟
配偶者・・・2分の1
兄弟姉妹・・・なし
⑷ 遺留分を算定するための財産の価額(民法1043条)
遺留分を算定するための財産の価額は、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額に贈与した財産を加え、債務の額を控除した額となります(民法1043条第1項)。
ア 被相続人が相続開始の時において有した財産
被相続人が相続開始時に有していた積極財産を指します。一部、疑問は呈されていますが、遺贈の目的物となったものや、特定財産承継遺言(民法1047条1項)によって処分された財産についても、ここにいう積極財産に含まれるものと理解されています。
条件付権利又は存続期間の不確定な権利についても含まれますが、その価額評価は、(合意ができない場合)家庭裁判所が選任した鑑定人の評価にしたがって、定められることになります(民法1043条2項)。
イ 加算される贈与財産
(ア) 贈与
ⅰ 第三者に対する贈与
遺留分額を算定する財産価額の算出において、贈与は、相続開始前の1年間にしたものに限り、その価額が加算されるものとなります(民法1044条1項本文)。贈与契約締結時が基準とされるので、1年以上前に締結し、相続開始前の1年間に履行したものについては、加算の対象となりません。
なお、当事者双方が、遺留分権利者に損害を加えることを知って贈与したときは、1年前の日より前にしたものについても加算されます(民法1044条1項但し書き)。
ⅱ 相続人に対する贈与
相続人に対する贈与については、相続開始前の10年間にしたもののうち、婚姻若しくは養子縁組のため又は生計の資本として受けた贈与の価額に限って(特別受益に該当する贈与に限って)、加算されます(1044条3項)。
ⅲ 遺留分の算定における特別受益の持ち戻し免除
少し細かい話になりますが、特別受益については、遺産分割の際の相続分の算定に当たっては、被相続人が持ち戻し免除の意思表示を示していれば、特別受益を加算しなくてもよいことになります(民法903条3項)。しかしながら、遺留分額を算定するための財産価額の算定に当たっては、持ち戻し免除の意思表示がされていても特別受益は加算されます(最判平成24年1月26日判時2148号61頁)。
(イ) 負担付き贈与(1045条1項)
受領者も一定の給付をする債務を負担する負担付き贈与(民法第553条)がされた場合において、遺留分を算定するための財産の価額に加算される額は、贈与目的財産の価額から負担の額を控除した額とされます。
例えば、3000万円の贈与と引き換えに債務1000万円を引き受けたような場合には、3000万円から1000万円を控除した2000万円が加算されることになります。
なお、抵当権付き不動産が贈与された場合も、この負担付き贈与の場合と同様に捉えられ、贈与財産の価額から被担保債務の額(残債額)を控除した額が加算されるものとされています(大判昭和15年10月26日)。
8000万円の抵当権付き不動産が贈与され、3000万円の被担保債務が存在する場合には、5000万円が加算されることになります。
(ウ) 不相当な対価をもってした有償行為(1045条2項)
不相当な対価をもってした有償行為は、当事者双方が遺留分権利者に損害を加えることを知ってしたものに限り、当該対価(不相当な対価)を負担の価額とする負担付き贈与とみなされます。
具体的には、8000万円の不動産を2000万円で譲渡したような場合に、2000万円の負担が付いた不動産(価額8000万円)の贈与とみなされ、8000万円から2000万円を控除した6000万円が加算されることになります。
ウ 控除される債務の額
被相続人に債務がある場合には、同債務の額を控除します。
なお、相続税や相続財産の管理に関する費用、遺言執行に関する費用はここに含まれません。
保証債務がある場合に、控除されるかが問題となることがありますが、「主たる債務者が弁済不能の状態にあるため保証人がその債務を履行しなければならず、かつ、その履行による出捐を主たる債務者に求償しても返還を受けられる見込みがないような特段の事情が存在する場合でない限り」(東京高判平成8年11月7日判時1637号31頁)ここにいう債務には含まれないものと考えられています。
エ 寄与分について
寄与分(民法904条の2)については、1043条1項の条文上明記されておらず、遺留分を算定するための財産の価額の算定に当たって考慮されません。裁判例(東京高判平成3年7月30日判時1400号26頁)においても、寄与分に関する主張は認められないものとされています。
遺産分割における相続財産の算定に当たっては、寄与分が考慮されるため、この点については注意が必要です。
もっとも、調停においては、当事者の合意があれば、寄与分を考慮することは可能です。
オ 財産価額の評価基準時
評価の基準時は、相続開始時となります。これは、相続開始時に、遺留分についての権利が発生すること等が理由です。
5、遺留分侵害額(民法第1046条第2項)の算定方法
具体的に請求できる遺留分侵害額は、下記の算定式で算出します(民法第1046条第2項)。
遺留分額-(遺留分権利者が受けた遺贈・特別受益の額)-(遺産分割の対象財産がある場合には、遺留分権利者の相続分に相当する額)+(遺留分権利者が承継する債務の額)
⑴ 遺留分額
上記「4」で算定した価額になります。
⑵ 遺留分権利者が受けた遺贈・特別受益の額(民法第1046条第2項第1号)
遺留分権利者が遺贈又は特別受益を受けていた場合には、それらの価額が控除されます。
なお、遺留分を算定するための財産の価額の算定において加算される特別受益は、第三者に対するものは1年以内、相続人に対するものは10年以内という期間制限があります(民法第1044条)。しかしながら、遺留分侵害額の算定において、控除される遺留分権利者が受けた特別受益については、このような期間制限を定める条文はなく、10年以上前に受けた特別受益であっても控除されます。
⑶ 遺産分割の対象財産がある場合の遺留分権利者の相続分に相当する額(民法第1046条第2項第2号)
遺産分割の対象財産がある場合には、遺留分権利者の相続分に相当する額を控除します。
なお、平成30年の民法改正前においては、控除する「相続分」とは、法定相続分か具体的相続分かで見解が分かれていました。しかしながら、改正後は、「第900条から第902条まで、第903条及び第904条の規定により算定した相続分」として、具体的相続分に応じて取得する遺産の額であることが明確にされました。
⑷ 遺留分権利者が承継する債務の額(民法第1046条第2項第3号)
被相続人が相続開始の時において有した債務のうち、第899条の規定により遺留分権利者が承継する債務の額が加算されます。第899条は、「各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する」と定めており、遺留分権利者の相続分に応じて承継する債務の額が加算されます。
なお、相続人の一人に対して財産の全てを相続させる旨の遺言がされたような場合にも、遺留分権利者の遺留分侵害額の算定に当たって、相続分に応じた債務が加算されるのかという点については、「相続人のうちの1人に対して財産全部を相続させる旨の遺言がされ,当該相続人が相続債務もすべて承継したと解される場合,遺留分の侵害額の算定においては,遺留分権利者の法定相続分に応じた相続債務の額を遺留分の額に加算することは許されないものと解するのが相当」とした判例(最判平成21年3月24日民集63巻3号427頁)があります。
そのため、このような場合には、相続債務については当該相続人にすべてを相続させる意思のないことが明らかであるような「特段の事情」が認められない限り、相続分に応じた相続債務の額が加算されることはありません。
6、遺留分侵害額請求の方法と流れ
上記の計算の結果、遺留分権利者に遺留分侵害額生じている場合、当該遺留分権利者は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができます。(民法第1046条第1項)
ア 内容証明郵便の送付
遺留分侵害額請求は、相手方(受遺者又は受贈者)に対する意思表示をもって行います。裁判上で行わなければいけないというものではありません。
しかしながら、遺留分侵害額請求権は、「遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。」と行使期間が定められており、後日争われた場合に備えて、明確な意思表示と請求を行ったことの証拠を確保しておく必要があることから、内容証明郵便で送付することが望ましいものと言えます。
イ 調停申立て
内容証明郵便を送付し、交渉を行っても支払われない、或いは金額について合意に至らない場合には、家庭裁判所への調停申立てを行うことが考えられます。調停では、調停委員が間に入り、調停委員会から、解決案の提示や,解決のために必要な助言がなされます。
なお、交渉をせずに、いきなり調停を申し立てることも可能ですが、家庭裁判所の調停を申し立てただけでは相手方に対する遺留分侵害額請求の意思表示とはならないものと考えられているため、調停の申立てとは別に内容証明郵便等により意思表示を行う必要があります。
ウ 訴訟提起
調停はあくまでも話し合いの場であることから、双方が合意しなければ解決することはありません。調停で合意ができなければ、訴訟を提起することになります。
7、遺留分減殺請求からの改正点
改正前の遺留分減殺請求においては、遺留分の侵害があり、遺留分権利者が遺留分侵害をもたらした遺贈・贈与の減殺(効果の否定)を求めた場合、遺留分侵害の範囲で、当該遺贈・贈与の効力が否定され、目的物の所有権の一部を減殺請求者が回復するという制度でした。
そのため、遺留分減殺請求が行われると、基本的には、遺留分権利者は遺留分に相当する持ち分の返還を求めることになり、目的物は受遺者・受贈者との共有関係となることとなっていました。
しかしながら、そうすると、続いて共有関係を巡って紛争が生じやすくなるといった問題点が指摘されていました。
そこで、改正後の遺留分侵害額請求は、効果を減殺ではなく、金銭債権の発生とし、遺贈・贈与の効力自体は否定されず、遺留分を侵害された者は、金銭請求をできるという規定に変更されました。
8、注意点
遺留分侵害額請求は、「遺留分侵害額の請求権は、遺留分権利者が、相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時から一年間行使しないときは、時効によって消滅する。相続開始の時から十年を経過したときも、同様とする。」(民法1048条前段)とされており、「相続の開始及び遺留分を侵害する贈与又は遺贈があったことを知った時」から一年以内に、遺留分侵害額請求の意思表示を行う必要があります。
なお、この意思表示については、家庭裁判所の調停を申し立てただけでは相手方に対する意思表示とはならないものと考えられており、調停の申立てとは別に内容証明郵便等により意思表示を行う必要があります。