2024/07/07 相続・遺言
配偶者居住権について
本コラムでは、配偶者居住権について概要を説明します。
目次
1、配偶者居住権とは
2、配偶者居住権の設定
3、配偶者居住権の成立要件
4、配偶者居住権の算定方法
5、配偶者居住権の中身
⑴存続期間
⑵譲渡
⑶使用収益
⑷修繕
⑸費用負担
6、配偶者居住権の消滅
1、配偶者居住権とは
配偶者居住権とは、被相続人の配偶者が、被相続人が所有しており、相続開始の時において当該配偶者が居住していた建物について「無償で使用及び収益をする権利」(民法1028条1項)です。
民法の改正によって新設された規定ですが、このような規定が設けられたことには次のような理由があります。
相続が発生し、遺産分割協議を行うに当たって、被相続人の配偶者が居住していた不動産の評価額が、遺産の大部分を占めるようなケースがみられました。
例えば、相続財産のうち、居住用不動産の額が3000万円、金融資産が3000万円のようなケースを想定します。
相続人が配偶者一人であれば、全てを当該配偶者が取得し、問題は生じませんが、子どもがいたような場合には、法定相続分は、配偶者が2分の1、子が2分の1となり、当該配偶者が居住用不動産を取得した場合、預貯金に関しては一切手元に残らないことになります。当該配偶者の固有の財産が少ないような場合には、配偶者のその後の生活資金に問題が生じます。他方で、預貯金を取得すると、居住先を失うことになります。
実務上は、子が不動産の所有権を取得したうえで、賃借権を設定し、金融資産の一部を配偶者が取得するといった方法が取られることもありましたが、子が賃貸借契約に応じなければこのような方法も難しいものでした。
そこで、配偶者居住権という(建物を)「無償で使用及び収益をする権利」を設定し、所有権とこの「無償で使用及び収益をする権利」を分け、後者を配偶者に取得させることによって、配偶者が、所有権を取得する場合よりも低額で居住する権利を得られるようにしました。
「無償で使用及び収益をする権利」は基本的に0円と評価されるものではありませんが、所有権の価額よりは、低額になります。
具体的な算定方法は後述しますが、上記のケースで、仮に配偶者居住権の額が1500万円、配偶者居住権の負担付所有権の額が1500万円、金融資産が3000万円であるとすると、配偶者は、1500万円の評価額の配偶者居住権とは別に、金融資産1500万円を取得することができることになります。
2、配偶者居住権の設定
配偶者居住権は、次の方法で設定されます。
・遺産の分割によって配偶者居住権を取得するものとされたとき(民法1028条1項1号)。
・配偶者居住権が遺贈の目的とされたとき(民法1028条1項2号)。
⑴遺産分割
遺産分割協議、調停及び審判によって設定することができます。
協議や調停では、当事者(共同相続人)の合意によることになります。
審判については、①共同相続人間に配偶者が配偶者居住権を取得することについて合意が成立しているとき(民法1029条2号)、或いは②配偶者が家庭裁判所に対して配偶者居住権の取得を希望する旨を申し出た場合において、居住建物の所有者の受ける不利益の程度を考慮してもなお配偶者の生活を維持するために特に必要があると認めるとき(民法1029条2号)に限って、取得する旨を定めるとされています。
⑵遺贈
遺産分割協議のほか、被相続人からの遺贈によっても配偶者居住権を取得することができます。また、条文上明記はされていませんが、遺贈のほか、死因贈与によっても取得することができると考えられています。
なお、若干細かい話ですが、いわゆる「相続させる旨の遺言」については、配偶者が配偶者居住権の取得を希望しない場合に、これのみを拒否することができないことから、相続させる旨の遺言によっては配偶者居住権を取得させることができないと考えられています。もっとも、「遺言者の合理的意思及び配偶者が配偶者居住権の取得を希望しているときは、当該遺言部分を直ちに無効とすることなく、遺言全体の内容をみて配偶者居住権の遺贈があったものとして有効と解釈するのが相当な場面もあるものと思われる。」(東京家庭裁判所家事第5部編著『東京家庭裁判所家事第5部(遺産分割部)における相続法改正を踏まえた新たな実務運用』71頁(日本加除出版株式会社、2019))との見解も示されています。
3、配偶者居住権の成立要件
⑴配偶者が、相続開始の時に被相続人の財産に属した建物に居住していたこと
民法1028条1項は、「被相続人の配偶者は、被相続人の財産に属した建物に相続開始の時に居住していた場合」を前提としている。したがって、配偶者が、被相続人の財産に属した建物に、居住していなかったような場合には、配偶者居住権の設定をすることはできません。
⑵相続開始の時に居住建物が配偶者以外のものと共有したものでないこと
民法1018条1項但し書は、「被相続人が相続開始の時に居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合にあっては、この限りでない。」としており、居住建物を配偶者以外の者と共有していた場合には、配偶者居住権を設定することはできません。
4、配偶者居住権の算定方法
⑴配偶者が得る経済的利益の現在価値で求める方法
居住建物の賃料相当額を算定し、そこから配偶者が負担すべき通常の必要費(固定資産税等)を控除した金額をベースに、これを現在価値に引き直すために存続期間に対応する年金原価率を乗じるという算定方法です。
(賃料相当額-負担する必要費)×存続期間に対応する年金現価率
という式となります。
もっとも、賃料相当額を算定することや、年金原価率の設定が困難であることから、遺産分割の当事者が評価合意を目指す際にどう評価方法を用いるのは現実的でないとの指摘(東京家庭裁判所家事第5部編著『東京家庭裁判所家事第5部(遺産分割部)における相続法改正を踏まえた新たな実務運用』67頁(日本加除出版株式会社、2019))もなされています。
⑵簡易な評価方法
居住建物及びその敷地の価額から配偶者居住権の負担が付いた居住建物及びその敷地の価額を控除して算定する方法です。
居住建物及びその敷地の価額-配偶者居住権の負担付建物及びその負担付敷地の価額
という式になります。
配偶者居住権の負担が付いた居住建物及びその敷地の価額は、配偶者居住権の負担が消滅した時点での居住建物及びその敷地の価額を現在価値に引き直して算定します。
配偶者居住権の負担付建物及び敷地の具体的算定式は、
負担付き建物所有権の価額
=建物の価額×(残存耐用年数-存続年数)/残存耐用年数×存続年数に対応するライプニッツ係数
負担付き敷地の価額
=敷地の価額×存続年数に対応するライプニッツ係数
となります。
5、配偶者居住権の中身
⑴存続期間
基本的には、配偶者が亡くなるまでの期間とされています(民法1030条本文)。もっとも、これと異なった期間を定めることも可能です(民法1030条但し書き)。
⑵譲渡
「配偶者居住権は、譲渡することができない。」(民法1032条2項)と定められており、譲渡することはできません。
⑶使用収益
配偶者は、居住建物の所有者の承諾を得なければ、第三者に居住建物の使用もしくは収益をさせることはできません(民法1032条3項)。
⑷修繕
配偶者は、居住建物の使用及び収益に必要な修繕をすることができます(民法1033条1項)。
また、居住建物の修繕が必要である場合において、配偶者が相当の期間内に必要な修繕をしないときは、居住建物の所有者は、その修繕をすることができます(民法1033条2項)。
⑸費用負担
「配偶者は、居住建物の通常の必要費を負担する。」(民法1034条1項)とされており、通常の必要費は配偶者が負担することになります。通常の必要費には、修繕費や固定資産税が含まれるものと考えられています。
6、配偶者居住権の消滅
配偶者居住権は、存続期間が満了した場合のほか、配偶者が死亡した場合、当該建物が全部滅失した場合、当該建物の所有権を配偶者が単独で取得した場合等に消滅します。