2024/07/04 離婚・男女問題
宗教活動が離婚事由に当たる場合について
「婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」(770条1項5号)には、裁判上の離婚が認められます。本コラムでは、配偶者が宗教活動の過度に入り込んでいるような場合に、「婚姻を継続し難い重大な事由」に当たるかについて説明します。
目次
1、「婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」(770条1項5号)
2、宗教活動と離婚事由
3、裁判例
⑴肯定例
⑵否定例
4、裁判例において考慮されている事情
1、「婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」(770条1項5号)
「婚姻を継続し難い重大な事由」とは、婚姻関係が破綻し、回復の見込みがない状態を意味するものと捉えられています。
判例(最判昭和62年9月2日民集41巻6号1423頁)によれば、「婚姻の本質は、両性が永続的な精神的及び肉体的結合を目的として真摯な意思をもつて共同生活を営むことにあるから、夫婦の一方又は双方が既に右の意思を確定的に喪失するとともに、夫婦としての共同生活の実体を欠くようになり、その回復の見込みが全くない状態に至った場合」であるとされます。
個別事情を踏まえて、当該婚姻関係が破綻し、回復の見込みがない状態であるかという点から判断されます。
また、婚姻が破綻しているかという点とは直接には関係しないようにも思えるかもしれませんが、当事者の年齢、子の有無及び年齢、子の意向、職業や収入面、離婚後の生活といった点も考慮される場合もあります。
2、宗教活動と離婚事由
信仰や宗教活動の自由は、個人間においても尊重されるべきものであり、夫婦においてもこれは同様です。しかしながら、夫婦間においては、共同生活を営む以上、互いに相手に価値観や考え方、立場を尊重して夫婦関係の円満を保つ必要があり、この点で、限界があります。
裁判例においても、
「信仰の自由は、個人の基本的人権に属する問題であり、夫婦といえどもこれを侵害することは許されない。しかし、夫婦の間では、互いに相手の考え方や立場を尊重して、自己の行為の節度を守り、相協力して、家族間の精神的融和をはかり、夫婦関係を円滑に保つように努力をすべき義務がある」としたもの(東京高判平成2年4月25日判時1351号61頁)や、
「夫婦の一方が自己の信仰の自由の実現を過度に相手方に強いたり,宗教活動に傾倒するなどして家庭内の不和を招き,あるいは相手方の心情を著しく無視するような対応をとった結果,夫婦関係が悪化し,婚姻関係を継続し難い状態に至ったような場合には,それをもって離婚原因を構成するものと解する」(東京地裁平成17年4月27日)としたものがあり、宗教活動が原因で婚姻関係が破綻した場合には、離婚原因となるものとされています。
以下では、具体的にどのようなケースで、離婚原因と認められたのかについて、裁判例を紹介していきます。
3、裁判例
⑴肯定例
ア 大阪高判平成2年12月14日家月43巻11号73頁
(ア)事案の概要
妻が、特定の宗教を強く信仰し、下記のような行動があったことから、夫が離婚請求をした事案です。
・自宅にある仏壇に手を合わせたり、花を供えたりしなくなった。
・正月の初詣や盆、彼岸の際の墓参りにも原告が誘っても同行しなくなった
・妻の父がクモ膜下出血のため入院した際、担当医師から手術のため輸血が必要な場合もあると言われたのに対し、信仰上の理由で輸血させることはできないと強く主張した
・夫婦間で深刻な対立状態が生じた結果、別居に至ったが、その後も被告が信仰をやめることはなく益々熱心に進行するようになった。
(イ)裁判所の判断
裁判所は、
①妻には自己の宗教活動を控訴人(夫)との関係を円満にするために自粛しようとの気持ちは全くないこと、
②仮に夫と妻とが同居を再開したとしても、被控訴人(妻)が現に行っている宗教活動の状況からすれば日常の家事や子供の教育に相当の支障が出てくるのは必至であること、
③夫がこれを容認することは全く期待できないこと、
④夫の妻に対する不信と憎悪の念が強く離婚の意思が固いこと
⑤妻は離婚の意思がなく夫の言うことにも従いたいというが、別居期間はすでに八年に及んでおり(もっとも、当初の二、三年は両者間に若干の交渉があったが)現実に夫婦関係が円満に回復するという見込みは全くないこと
といった事情から、婚姻関係は既に完全に破綻しているものと認めるのが相当であるとして、離婚を認めました。
イ 東京高判平成2年4月25日判時1351号61頁
(ア)事案の概要
妻が、特定の宗教を強く信仰し、下記のような行動があったことから、夫が離婚請求をした事案です。
・特定の宗教の熱心な信者となり、途中から週3回(1回1時間、日曜は計4時間ほど)の集会に常時出席していた。
・昼間も伝導活動に従事していた。
・右集会に出席するに際し、夫が仕事から帰宅しても家におらず、夕食が冷えたまま用意されていることもあった。
・夫が説得したが、全く聞き入れようとはせず、逆に夫に対し右宗教への入信を勧めるなどした。
・子供らを宗教活動に連れていくことを止めるよう説得するようになってからも、その反対、説得を無視して子供らを集会や伝導活動に参加させた。
・夫の父の一周忌にも特段の理由なく出席しなかった。
なお、この事案では、家庭内で孤立した夫が、妻の家計簿を破る、二女の布団に悪口を落書きする、二女のベビーベッド等を破壊するといった行動に出ていました。
(イ)裁判所の判断
裁判所は、
①夫の説得は受け入れられず、子供たちも宗教活動に参加するようになり、夫は家庭内で孤立した結果、飲酒にふけったり、落書きや器物破損に及んだりしたこと
②自ら家を出て別居するに至っていること、
③妻は、宗教活動に参加することによって家族の夕食を作る等の家事までないがしろにすることはなかったものの、夫が宗教活動を嫌悪していることについては、単に夫が当該宗教を正しく理解しないためであるとして、夫の気持ちを思いやって宗教活動を自粛する等の努力をすることはしなかったこと
④むしろ、夫の反対を押し切って子供らをも積極的に宗教活動に参加させており、そのことが、夫の気持をますます被控訴人や家庭から離れさせる結果を招いていること、
⑤夫は、自らの意思によって既に長期間別居していること
⑥今後妻が宗教活動を止めても再び夫婦としての共同生活を営む気持ちは完全に喪失したと考えていること、
⑦妻には、夫との共同生活を回復するために、宗教活動を止めるとか自粛する気持は毛頭ないこと
といった事情から、婚姻関係は、既に完全に破綻していると判断しました。
ウ 名古屋地判昭和63年4月18日判タ682号212頁
(ア)事案の概要
妻が、特定の宗教を強く信仰して信者となり、下記のような行動があったため、離婚請求がなされた事案です。
・週三回計約五時間集会に出席し、週四,五回伝道に歩くなどの宗教活動を行った。
・夫が反対しても幼い子どもにも同宗教を教え、学校を休ませて連れて行った。
・親族の仏式による葬儀及び法事の際、崇拝行為、仏具を持つこと、喪服を着ること等をしなかった。
・鯉のぼりや、正月、節分、ひな祭等の行事についても参加しなかった。
(イ)裁判所の判断
裁判所は、
①被告(妻)の集会への出席、伝道活動については、明確には被告の家事行為に支障が生じていることが認められないとしても、極めて多くの時間が費されていて、通常考えられる信教の自由の範囲を越えているというべきであること
②子供の養育は父母が共同して行うべきであるのに、原告の意思に反し、まだ幼く、判断能力の十分でない子供らに、当該宗教の教義を教えることを正しいと信じ、これを実行したことは不適当であること
③更に、鯉のぼり等の行事は日本人としての習俗的なものであるにすぎず、又仏式による葬儀、法事等の崇拝行為、服装等についても社会交際上の慣例の範囲にあるものということができ、本質的な信教の自由の保障に反するとまでいうことはできないこと
といった事情を踏まえて、「被告は婚姻関係における扶助協力義務の限度を越えて宗教的行為をなしているといわなければならない。」としました。
そのうえで、
④原告(夫)において、被告の宗教的行為を家庭に持ち込むことに不満を持ち、特に子供が当該宗教の教義に影響を受けてゆくことに危惧の念を持ち、ついに、被告と離婚することを決意するに至ったことはやむを得ないことであること
⑤そして、被告(妻)において、なお自己の宗教的行為を改める気持がなく、
⑥昭和60年秋頃以後原被告間に夫婦関係がないこと
⑦原告が家でほとんど食事をしない等の状態が続いていること
といった事情から、婚姻関係は破たんしていると認めるのが相当であると判断しました。
⑵否定した例
ア 名古屋地裁豊橋支判決昭和62年3月27日判タ637号186頁
(ア)事案の概要
下記のような事情のもと、夫から離婚請求がなされた事案です。
・妻が、特定の宗教の日曜日の夜の伝道会や水曜日夜の祈祷会にときどき出席していた。
・夫は、妻が教会へ行くことを禁ずるようになったが、妻は口実をつくって外出し、一か月に一回から三回程度遅刻しながらも夜の集会に出席した。
・妻は夫に告げないまま長女とともに洗礼を受けた。
・夫は妻に対し、「聖書を燃やすか家族をとるか。」といってせまったり、妻を裸のまま外へ放り出すなどしたため、被告は、妻は実家へ帰った。
・妻が、家に戻ろうとして話し合ったが、夫は信仰を棄てないと家にはいれないと主張したため、一度は原告の申入れを受入れることを決めたが、結局信仰を棄てることができなかった。
・妻は、聖書を読んでいるところを夫に見つかり、実家へ帰され、以降4年ほどの別居となった。
(イ)裁判所の判断
①別居の原因は、夫が妻の信仰を認めず、信仰か家庭かの二者択一をせまり夫が妻を追い出して、戻ることを拒否しているためであること、
②妻の宗教活動といえるのは、月一から三回程度の集会への出席であり仕事に差障りの少ない夜の集会に限られていたこと、ときどき部屋にこもって聖書を読んだり、就寝前に小さな声でお祈りをするという程度であったこと
③妻の行為は家事や仕事を顧みなかつたというような常軌を逸したものとは認められないこと、
④被告は別居後も原告との同居を強く望み、子らとも交流し、原告に対しても手紙を出したり、プレゼントをしたり家に帰れることを願っていること
⑤原告が被告の信仰を許容さえすれば、夫婦共同生活の回復は可能であること
といった事情から、「婚姻を継続し難い重大な事由」があるとは認めることはできないと判断しました。
イ 東京地判平成3年11月27日判タ789号219頁
(ア)事案の概要
下記のような事情のもと、夫からの離婚請求がなされた事案です。
・妻は、週一回一時間程度の家庭聖書研究会に参加するほか、日曜日午前中の集会や水曜日午後(昼間)の集会に時々参加していた。
・家事・育児も普通にこなしており、当初は夫婦関係や家庭生活に特に障害となるようなものではなかった。
・夫の父は、妻が信仰する宗教について、右信仰を止めるよう要求し続け、夫も夫の父の意見に同調し、同様に要求するようになり、その要求は「宗教を止めるか離婚するか」の二者択一を迫るといったものであったが、これに対し、妻は、「信仰は止めない」と対応した。
・夫や夫の父が被告に対し離婚の届け出を強く要求したため、夫は、一時的に難を逃れるつもりで、子を連れて別居し、原告と夫の父は、(子は連れ戻したものの)妻が自宅に戻ろうとしても固く拒絶した。
・妻は、宗教上の理由から、仏壇に線香をあげて拝んだり自ら七夕の飾付けをするなどのことはしなかったが、七夕や節句等のいわゆる習俗的行事に異を唱えるようなことまではしなかった。
(イ)裁判所の判断
裁判所は、
①被告の信仰・宗教活動が原因で、原告の夫婦関係にはかなり深刻な亀裂が生じていること、②原告は、被告に対する愛情・信頼を失い、離婚意思がかなり固いといえること
③妻の一時期以降の宗教活動には、夫である原告の意思や立場を軽視ないし無視したものと非難されてもやむを得ない面があること
を踏まえつつも、
④妻の信仰・宗教活動は、夫の父が感情的かつ強硬に要求するまでは、夫婦関係や家庭生活に特に障害となる程のものではなかったのであること、
⑤夫の父や夫が、もう少し、被告の信仰に対し寛容な気持ちを持って、冷静に被告との話合いを続けていたならば、違った展開になっていたのではないかとうかがえること
⑥一時期以降の宗教活動についても、同居期間中のものは、それ自体はそれ程激しいものではなく、夫の意思や立場に対する配慮に欠けていた面があるのも、夫の父や夫の強硬かつ執拗な態度が影響していること
⑦夫の父や夫は妻の信仰が、経営する工務店に支障があることを重視しているようだが、将来の抽象的可能性であるにとどまること
といった事情に加えて、
⑧別居生活は未だ二年に満たず、妻は夫との夫婦共同生活の復活を希望していること
⑨幼い子供に対して双方が愛情を注いているところ、子供のためをも考えて今一度冷静に話し合う余地があり、またそうすベきであること、
⑩夫が妻の信仰についてもう少し寛容になり、妻が円満な夫婦関係・家庭生活を築くため自己の信仰・宗教活動を自制するならば、やり直しの可能性もあること、
といった事情から、婚姻関係は、未だ完全に破綻するには至っておらず、やり直しかできる可能性が残されているというべきであるとしました。
4、裁判例において考慮されている事情
以上の裁判例をみると、配偶者の宗教活動を理由とする婚姻関係の破綻については、下記のような事情が考慮されています。
・配偶者の宗教活動への参加の程度(頻度や回数)・具体的内容
・信仰心の程度
・当該宗教活動の家庭生活への影響(協力義務への影響)
・子どもへの影響(巻き込んでいるか否か)
・相手方配偶者の宗教活動に対する理解
・相手方配偶者への配慮
・宗教活動を自制・改める意向の有無
・離婚意思の強さ
・別居期間
これら個別の事情に応じて、婚姻関係の破綻及び回復の可能性が判断されることとなります。
個別事情や主張立証の方法によって、結論は異なるものとなりますので、お悩みの方は一度弁護士に相談されることをお勧めします。