2024/06/28 離婚・男女問題
有責配偶者からの離婚請求について
本コラムでは、有責配偶者からの離婚請求について説明します。
1、はじめに
2、過去の判例
3、判例の変更
4、有責配偶者からの離婚請求が認められる場合
5、おわりに
1、はじめに
民法上、離婚は当事者が合意をすることにより、することができます(民法763条)。他方で、一方当事者が離婚を拒んでいる場合など、当事者間で合意に至らない場合には、協議による離婚はできませんが、裁判によって認められる場合があります。
裁判によって、離婚の判決がされるためには、法が定める離婚事由が存在する必要があります(民法770条)。
民法770条1項は離婚事由として、下記の事由を定めています。
一 配偶者に不貞な行為があったとき。
二 配偶者から悪意で遺棄されたとき。
三 配偶者の生死が三年以上明らかでないとき。
四 配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき。
五 その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき。
条文上は、これらの事由が存在し、(1号から4号の事由の場合は)2項の「一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるとき」に当たらなければ、離婚の請求が認められるように読めます。
もっとも、離婚を請求する者が、有責配偶者(婚姻関係を自ら破綻させた者)である場合には、当該有責配偶者からの離婚請求が認められるかが別途問題となります。
2、過去の判例
この点について、過去の判例(最判昭和27年2月19日民集6巻2号110頁)は、夫(離婚請求者)の不貞を原因として、夫婦関係が悪化したケースで、次のように述べて、有責配偶者からの離婚請求を否定しました。
「結局上告人(夫)が勝手に情婦を持ち、そのためもはや被上告人(妻)とは同棲出来ないから、これを追い出すということに帰着するのであつて、もしかかる請求が是認されるならば、被上告人(妻)は全く俗にいう踏んだり蹴たりである。法はかくの如き不徳義勝手気儘を許すものではない。」
3、判例の変更
上記判例の考え方に対しては、婚姻が破綻している以上、条文の文言上は、有責配偶者の離婚請求も認められるべきではないかという点や、(破綻している場合に)婚姻継続の強制から生じる不利益には救いがたいものがある(島津一郎「有責配偶者からの離婚請求」家族法判例百選 66頁)、形骸化された婚姻を維持することとなるため、重婚的な内縁関係を作り出すといった批判がなされていました。
そのような中で、最高裁(最判昭和62年9月2日民集41巻6号1423頁)は、下記のように述べて、上記判例を変更しました。
まず、「離婚請求は、正義・公平の観念、社会的倫理観に反するものであってはならないこと」とし、離婚請求は「信義誠実の原則に照らしても容認されうるものであることを要するものとである」としました。
そして、有責配偶者からの離婚請求が信義誠実の原則に照らして許されるべきものであるかの判断に当たっては、
「①有責配偶者の責任の態様・程度を考慮すべきであるが、②相手方配偶者の婚姻継続についての意思及び請求者に対する感情、③離婚を認めた場合における相手方配偶者の精神的・社会的・経済的状態及び④夫婦間の子、殊に未成熟の子の監護・教育・福祉の状況、⑤別居後に形成された生活関係、たとえば夫婦の一方又は双方が既に内縁関係を形成している場合にはその相手方や子らの状況等が斟酌されなければならず、更には、時の経過とともに、これらの諸事情がそれ自体あるいは相互に影響し合って変容し、また、これらの諸事情のもつ社会的意味ないしは社会的評価も変化することを免れないから、⑥時の経過がこれらの諸事情に与える影響。」
が考慮されなければならないとしました。
その上で、
「(ⅰ)夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及び、(ⅱ)その間に未成熟の子が存在しない場合には、(ⅲ)相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情の認められない限り」
「有責配偶者からの請求であるとの一事をもつて許されないとすることはできない」と述べました。
4、有責配偶者からの離婚請求が認められる場合
⑴上記最昭和62年判例の示した要件
上記の昭和62年判例は、有責配偶者からの離婚請求であっても、これが認められる場合について示しました。
上記の判例によれば、下記の三つが有責配偶者からの離婚請求を認めるための要件となるものと読めます。
①夫婦の別居が両当事者の年齢及び同居期間との対比において相当の長期間に及ぶこと
②未成熟の子が存在しないこと
③相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情が認められないこと
以下、それぞれについて簡単に見ていきます。
⑵別居期間
上記判例によれば、別居期間については、一律に〇年というように示されたものではなく、「両当事者の年齢及び同居期間との対比において」相当の長期間か否かが判断されます。
上記判例の調査官解説では、「20年ないし15年であっても、無条件に長期としてよいであろうが、10年にも満たないような場合には、同居期間や両当事者の年齢と対比して相当の長期間とはいえないと判断されることがありえよう。たとえば、両当事者が相当若年であるときは復元可能性にかんがみ相対的に長い期間が要求され、一方、同居期間が極めて短いようなときには比較的短くとも長期間と判断される場合があろう。」(門口正人「昭和62年度最判解民事篇」585頁 )とされています。
また、その後の裁判例(最判平成2年11月8日家月43巻3号72頁)では、「別居期間が相当の長期間に及んだかどうかを判断するに当たっては、別居期間と両当事者の年齢及び同居期間とを数量的に対比するのみでは足り」ないとしたうえで、
・別居後においても妻及び子らに対する生活費の負担をしていること
・別居後間もなく不貞の相手方との関係を解消していること
・離婚を請求するについては、妻に対して財産関係の清算についての具体的で相応の誠意があると認められる提案をしていること
・他方、妻は、夫との婚姻関係の継続を希望しているとしながら、別居から五年余を経たころに夫名義の不動産に処分禁止の仮処分を執行するに至っていること
・成年に達した子らも離婚については妻被上告人の意思に任せる意向であること
といった事情を考慮して、別居期間の経過に伴って、双方の諸事情が変容したことが窺われるとして、離婚請求を棄却した原判決を破棄したものがあります。
このように、両当事者の年齢、同居期間のほかに、その後の経過や事情が考慮されることもあります。
目安として10年を超えると「相当長期間」と認められやすく、10年未満の場合には、個別事情を考慮して、判断されている傾向があります。もっとも、裁判例においては、約8年で相当の長期間でないと判断され、否定されたものがある一方で、約2年であっても離婚請求が認められたものもあり、あくまでも個別事情によって異なるものとなります。
この辺りについては、別のコラムで紹介します。
⑶未成熟の子が存在しないこと
ア 未成熟子とは
上記判例の調査官解説では、「ここで述べられている「未成熟の子」とは、親の監護なしでは生活を保持しえない子の意であって、必ずしも自然年齢に関わるものではなく、たとえば年長の子であっても身体的又は精神的な障害によって未成熟子とされる場合もあろうし、逆に、18歳に達して自らの労働で生活の糧を得るものはもはや未成熟子とはいえまい」(門口正人「昭和62年度最判解民事篇」585頁 )とされ、一律に年齢によって決まるものではないと理解されています。
未成年であることは一つの目安にはなりますが、これのみで決まるものではありません。
実際に、裁判例においても、成年であっても重度の障害を有していた子については、未成熟子と同視したものがあります。
イ 未成熟子が存在しないことは必須の要件か?
上記昭和62年判例からすると、「未成熟の子が存在しないこと」は、必須の要件、つまり、未成熟の子が存在している場合には、有責配偶者からの離婚請求は一切認められないようにも読めます。
しかし、その後の判例(最判平成6年2月8日家月46巻9号59頁)は、高校2年生の子が存在した事案で、次のように述べて、有責配偶者からの離婚請求を認めました。
まず、未成熟の子がいる場合の有責配偶者からの離婚請求について
「有責配偶者からされた離婚請求で、その間に未成熟の子がいる場合でも、ただその一事をもって右請求を排斥すべきものではなく、前記の事情を総合的に考慮して右請求が信義誠実の原則に反するとはいえないときには、右請求を認容することができると解する」として、離婚請求が認められ得る場合があることを認めました。
その上で、
・未成熟の子(高校2年生)は、三歳の幼少時から一貫して妻の監護の下で育てられてまもなく高校を卒業する年齢に達していること
・夫は妻に毎月15万円の送金をしてきた実績に照らすと、当該子の養育にも無関心であったものではないこと、
・夫の妻に対する離婚に伴う経済的給付も実現を期待できるものとみられること
といった事情を考慮して、未成熟子の存在が本件請求の妨げになるということもできないとして、離婚請求を認めました。
この判例により、未成熟の子がいる場合であっても、有責配偶者からの離婚請求は認められる場合があることが確認されました。
⑷特段の事情の不存在
「相手方配偶者が離婚により精神的・社会的・経済的に極めて苛酷な状態におかれる等離婚請求を認容することが著しく社会正義に反するといえるような特段の事情が認められないこと」が求められます。
裁判例においては、特段の事情の判断に当たって、婚姻費用の支払い状況(実績)、離婚給付(慰謝料や財産分与の)の提示内容、配偶者の収入や生活状況、子の状況(障害の有無等)といったものが考慮されています。
5、おわりに
以上、有責配偶者からの離婚請求が認められる場合について説明しましたが、実際のケースでは、個々の裁判例等を踏まえて個別に検討する必要があり、個別事情によって当然結論も異なります。