2024/06/26 離婚・男女問題
離婚事由としての「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」(民法770条1項4号)とは?
本コラムでは、離婚事由に当たる「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」(民法770条1項4号)について、説明します。
1、はじめに
2、配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき(民法770条1項4号)
⑴意義
⑵強度の精神病
⑶回復の見込みがないこと
3、770条2項により棄却されるケース(具体的方途論)
4、770条1項5号との関係
5、おわりに
1、はじめに
民法上、離婚は当事者が合意をすることにより、することができます(民法763条)。他方で、一方当事者が離婚を拒んでいる場合など、当事者間で合意に至らない場合には、協議による離婚はできません。
そして、協議による離婚ができない場合には、裁判による方法がありますが、離婚の判決がされるためには、法が定める離婚事由が存在する必要があります(民法770条)。
以下では、法が定める離婚事由のうち、「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」(民法770条1項4号)について説明します。
2、配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき(民法770条1項4号)
⑴ 意義
配偶者が強度の精神病に罹患し、協力義務(民法752条)を果たすことができず、夫婦共同生活を維持できなくなった以上、婚姻関係は破綻しているといえ、他方配偶者にそのような状態の継続を強いることは酷であることから、「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」は離婚事由に当たります。
⑵ 強度の精神病
本号の精神病としては、統合失調症、躁うつ病等の高度精神病が挙げられます。裁判例で問題となっているケースの多くが統合失調症のケースです。
学説においては、病名は重要ではなく、本人が正常な精神状態を失って、夫婦としての協力義務を履行することができず、日常生活に大きな支障を来すような症状を呈しているという事実こそが重要(二宮周平編「新注釈民法(17)親族(1)」(有斐閣、2017)461頁(長谷川))とされています。
裁判例においても、本号の強度の精神病か否かの基準としては、下記のように実質的に夫婦の協力義務(民法752条)を履行することができない程度の精神病であるかどうかという点から判断されています。
・金沢地判昭和36年5月10日下民集12巻5号1104頁
「強度の精神病」とは、必ずしもその夫婦間の精神的共同が完全に失われていること、あるいは精神病の配偶者が心神喪失の常況にあることを意味するものではなく、その精神障碍の程度が婚姻の本質ともいうべき夫婦の相互協力義務殊に他方の配偶者の精神的生活に対する協力義務を十分に果し得ない程度に達しているか否かによつて決すべきものと解される
・長崎地判昭和42年9月5日家月21巻1号136頁
「「強度の精神病」とは婚姻共同をなすに堪えない程度の精神障害、換言すれば、民法第七五二条にいう夫婦間の協力義務が充分に果されない程度の精神障害を意味し、必ずしも精神病の配偶者が禁治産宣告の理由となる精神障害ないしは精神的死亡に達していることを要するものと解すべきではない。」
⑶ 回復の見込みがないこと
本号の適用に当たっては、強度の精神病が「回復の見込みがないこと」が求められます。回復の見込みがないとは不治を意味しますが、その程度については、次の最高裁判例及び裁判例が参考になります。
・最判昭和45年11月24日民集24巻12号1943頁
「回復するとしてもその時期はいつになるかは予測し難いばかりか、かりに近い将来一応退院できるとしても、通常の社会人として復帰し、一家の主婦としての任務にたえられる程度にまで回復できる見込みは極めて乏しいものと認めざるをえない」
として、回復の見込みがないものと判断しました。この裁判例では、「通常の社会人として復帰し、一家の主婦としての任務にたえられる程度にまで回復できる見込み」を基準として判断しています。
・東京地判昭和54年10月26日
「「回復の見込み」とは、精神病の配偶者が夫婦の相互協力義務を果たしうる程度に至るまでの回復の可能性をいうのであるから、不完全ながら単純な家庭生活を営む可能性では不十分であ」るとして、回復の見込みを判断しました。
「夫婦の相互協力義務を果たしうる程度に至るまでの回復」が基準とされています。
3、770条2項により棄却されるケース(具体的方途論)
民法770条2項は、「裁判所は、前項第一号から第四号までに掲げる事由がある場合であっても、一切の事情を考慮して婚姻の継続を相当と認めるときは、離婚の請求を棄却することができる。」として、1号から4号の離婚事由がある場合にも、離婚の請求を棄却できる場合を定めています。
そして、配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき(4号)である場合の裁量棄却(2項)の判断に当たって、判例(最判昭和33年7月25日民集12巻12号1823頁)は次のように示しました。
「民法は単に夫婦の一方が不治の精神病にかかつた一事をもつて直ちに離婚の訴訟を理由ありとするものと解すべきでなく、たとえかかる場合においても、諸般の事情を考慮し、病者の今後の療養、生活等についてできるかぎりの具体的方途を講じ、ある程度において、前途に、その方途の見込のついた上でなければ、ただちに婚姻関係を廃絶することは不相当と認めて、離婚の請求は許さない法意であると解すべきである」
このように、判例では、4号を離婚事由とする離婚の請求が許されるには、①病者の今後の療養、生活等についてできる限りの具体的方途を講じること、②ある程度において、前途にその方途の見込みのついた上でなければならないとされています。
具体的な内容として、その後の裁判例では、当該配偶者の離婚後の生活及び療養費用の確保、看護のための引受先といった点について、検討されています。
上記判例が示したこのような考え方を具体的方途論といいます。
この判例に対しては、学説から、①770条2項は、破綻の認定を緩和する事情があれば、離婚請求を棄却できるという消極的な意味しかもたないものであって、積極的な意味を持つものではない、②病者の今後の療養、生活等については、社会保障一般の問題として解決されるべきである、③離婚の際に、具体的方途があったとして、それを実現させる(強制できる)制度はない、といった批判がなされました。
その後に出された裁判例において求められる具体的方途の水準、程度は事例によって様々なものがありましたが、最高裁判例(最判昭和45年11月24日民集24巻12号1943頁)は、次のような事情を踏まえて、離婚の請求を認めた原審を正当としました。
・妻(病者)の実家は、夫が支出をしなければ妻の療養費に事欠くような資産状態ではないこと
・夫は、妻のため十分な療養費を支出できる程に生活に余裕はないにもかかわらず、妻の過去の療養費については支払う旨の示談をし、実際支払っていること
・将来の療養費については、自己の資力で可能な範囲の支払をなす意思のあることを表明していること、
・長女は夫が出生当時から引き続き養育していることか
このように、妻(病者)の実家が療養費に事欠く資産状況ではないこと、夫が生活に余裕はないにもかかわらず、妻の過去の入院費、治療費等として示談したとおりの額を支払っていること、夫が自己の資力で可能な範囲の支払いを継続する意思を表明していることから、離婚が認められています。
本判決は、具体的方途の水準について、実質的に前記昭和33年判例を緩和したものであるとも理解されています。
4 770条1項5号との関係
「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」(4号)には当たらないとしても、別途「婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」(5号)に当たるとして離婚請求が認められる可能性はあります。
近年の裁判例では、むしろ5号で認めたケースのほうが多くなっています。なお、5号での判断に際しても、上記具体的方途についての考慮はされているものと捉えられています。
5、おわりに
離婚事由としての「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」の判断に当たっては、当該配偶者の状況を前提に、上記の裁判例で示されたような判断枠組みや事情を踏まえて、検討する必要があります。このような状況でお悩みの方は、一度弁護士に相談されることをお勧めします。