2024/06/22 離婚・男女問題
離婚事由としての不貞行為(民法770条1項1号)について
本コラムでは、民法770条1項1号が離婚事由として定める「配偶者に不貞な行為があったとき」について説明します。
目次
1、はじめに
2、「不貞な行為」
⑴不貞行為
⑵自由な意思に基づくものであること
⑶配偶者の不貞行為であること
3、問題となるケース
⑴同性との性的関係
⑵相手方が性風俗業に従事するものである場合
⑶生活のためやむなく行った性交渉
⑷不貞を承諾していた場合
⑸宥恕した場合
1,はじめに
民法上、離婚は当事者が合意をすることにより、することができます(民法763条)。他方で、一方当事者が離婚を拒んでいる場合など、当事者間で合意に至らない場合には、協議による離婚はできません。
そして、協議による離婚ができない場合には、裁判による方法がありますが、離婚の判決がされるためには、法が定める離婚事由が存在する必要があります(民法770条)。
以下では、法が定める離婚事由のうち、「配偶者に不貞な行為があったとき」(民法770条1項1号)について説明します。
2,「不貞な行為」
⑴ 不貞行為
不貞行為とは、婚姻している者が配偶者以外の者と性的関係を結ぶことを指します。
性行為に限定せずに、婚姻関係の破綻を惹起するような、貞操義務(性的信義誠実義務)に違反する行為も含まれるとする見解もありますが、学説上は、性的関係を結ぶこと(性交)に限定するとする見解が通説的なものとなっています。
また、判例(最判昭和48年11月25日民集27巻10号1323頁)においても、「「配偶者に不貞の行為があつたとき。」とは、配偶者ある者が、自由な意思にもとづいて、配偶者以外の者と性的関係を結ぶことをいう」としており、配偶者以外の者と性的関係を結ぶことが離婚事由として770条1項1号に定める不貞行為であるとされています。
そのため、配偶者以外の者と親密な交際が認められるものの、性的関係を結んだとまでは認められないようなケースでは、1号の離婚事由には当たらないこととなります。
もっとも、そのような場合であっても、5号の「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」に当たるとして、離婚事由となる場合があります。
実際に、裁判例(東京高判昭和47年11月30日判タ291号329頁)においても、交際相手宅への度を超える出入りがあり、これに対し妻が疑念をもったにもかかわらず、夫がなんら疑念を払拭するような行為をせずに交際を変更しなかったケースで、(その他の事情も考慮して)5号の婚姻を継続しがたい重大な事由があるものと認めたものがあります。
⑵ 自由な意思に基づくものであること
上記昭和48年の判例によれば、「「配偶者に不貞の行為があつたとき。」とは、配偶者ある者が、自由な意思にもとづいて」行ったものであるとされます。
そのため、自由な意思に基づかないものであれば、民法770条1項1号にいう不貞行為には当たらないものと考えられます。
したがって、強制性交の被害にあった場合には、本号の不貞行為には当たりません。
当該配偶者が強制性交の加害者である場合には、相手方(被害者)は自由な意思に基づかないものですが、加害者においては、自由な意思に基づいて行ったものですので、本号の不貞行為に当たります(最判昭和48年11月25日民集27巻10号1323頁)。
なお、泥酔状態を自ら招き、意識がない状態で性交渉に及んだような場合についてですが、このような場合には、自己の過失によって招いた無意識状態であることから、責任を免れないとする見解が示されています。
⑶ (離婚を請求する者の)配偶者の不貞行為であること
当然ではありますが、離婚事由となるのは、あくまでも(請求する者の)配偶者の不貞行為であるため、自身の不貞行為を理由として、770条1項1号の事由に当たるとして、離婚の請求をできるものではありません。
3、問題となるケース
⑴ 同性との性的関係
本号の不貞行為については、「異性」と関係を持つことであるとする見解があり、有力なものでした。不貞行為が離婚原因とされる実質的理由を、信頼関係にある婚姻関係とそれによる親子関係の秩序維持と捉えた場合には、1号の不貞行為の相手方を異性に限る見解に結び付きやすくなるように思います。離婚事由としての不貞行為をこのように解釈すると、同性と関係を持つことについては、これに当たらないことになります。
もっとも、そのように解釈した場合であっても、5号の「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」に当たるとして、離婚事由となる場合は考えられます。
なお、裁判例(名古屋地判昭和47年2月29日判時670号77頁)においては、夫が同性と性的関係を持っていたケースで、夫が性的に異常な性格を有しているとしたうえで、すでに、数年間にわたり妻との間の正常な性生活から遠ざけられていることや、妻が夫の同性愛の関係を知ったことによって受けた衝撃の大きさを考えると、正常な婚姻関係を取り戻すことはまず不可能であるとして、婚姻を継続しがたい重大な事由として認めたものがあります。
しかしながら、同性と性的関係を持つことが、「性的に異常な性格を有している」とは言えないものと考えますし、同裁判例の判断の理由が現在でも妥当するかは疑問です。
なお、同性と関係を持つことであっても、端的に不貞行為に当たるとする見解もあり、筆者も同様の考えですが、前述のように1号の不貞行為を性交に限定する見解を取った場合には、ハードルがあるようにも思われます。
この点、不法行為としての不貞行為が問題となった事案(夫が妻と性行為類似行為を行った女性に対し損害賠償請求を行った事案)で、同性間であっても不法行為責任を認めた裁判例(東京地判令和3年2月16日判時2516号81頁)があり、一つの参考にはなり得ます。
もっとも、同裁判例はあくまでも不法行為としての判断をしたものであり、離婚事由としての不貞行為該当性の判断をしたものではない点には留意する必要があります。
⑵ 相手方が性風俗業に従事するものである場合
配偶者が性的関係を持った相手方が性風俗事業に従事する者であった場合であっても、離婚原因としての不貞行為は成立するという見解も示されています。
他方で、裁判例(横浜家裁平成31年3月27日)としては、夫の派遣型性風俗店(いわゆるデリヘル)利用が離婚事由としての不貞行為に当たると主張された事案で、一回より多く利用したと認めるに足りないこと、仮にあと数回の利用があったとしても、発覚当初から謝罪し、今後利用しない旨約束していることから、離婚事由に当たるまでの不貞行為があったとは評価できないとしたものがあります。
⑶ 生活のためやむなく行った性交渉
夫が妻に対し十分な生活費を渡さなかったために、妻が異性と情交関係を持つたり、街頭に立ったりして、生活費を補っていた事案で、第1審と第2審は、それぞれ、やむを得なかった、原因と責任の大部分は夫にあるとして、不貞行為を理由とする夫による離婚請求を認めませんでした。
しかし、最高裁(最判昭和38年6月4日家月15巻9号179頁)は、妻がそのような行為に至ったことには夫に相当の責任があるとしつつも、妻の身分のある者が、収入を得るための手段として、夫の意思に反して他の異性と情交関係を持ち、父親不明の子を分娩するようなことが許されないのはもちろん、「子供を抱えて生活苦にあえいでいる世の多くの女性が、生活費をうるためにそれまでのことをすることが通常のことであり、またやむをえないことであるとは、とうてい考えられない」として、原審を破棄しました。
⑷ 不貞を承諾していた場合
性的関係を持つことをあらかじめ承諾していた場合に、民法770条1項1号の不貞行為に該当するかが問題となることがあります。
この点については、「元来「不貞」ということは夫婦間の性的純潔に対する一方当事者の裏切ということを核心とする観念であって、夫婦関係と一方の当事者の性的裏切行為の存在を前提として始めて考えられるものである」としたうえで、問題となった性的交渉が、承諾に基づくものである以上、不貞行為とすることはできないと判断した裁判例(東京高判昭和37年2月26日 下裁民集13巻2号288頁)があります。
もっとも、民法770条1項1号の解釈として、現に婚姻関係が破綻しているかどうかを重視するとすれば、事前の承諾に特別な意味を持たせるべきではない(二宮周平編「新注釈民法(17)親族(1)」(有斐閣、2017)453頁(神谷))ものと考えられています。
⑸ 宥恕した場合
不貞行為につき、宥恕があった場合については、(仮に宥恕があったとしても)「現行民法の下においては離婚原因に対する宥恕は裁判所が婚姻継続を相当と認めて離婚請求を棄却する事情を認定する一つの資料になることはあつても旧民法のように宥恕者の離婚請求権を当然に消滅させるものでない」として、離婚請求を棄却する事情の一つになることはあっても、当然に離婚請求権を消滅させるものではないとした裁判例(東京高判昭和34年7月7日家月11巻10号90頁)があります。
「宥恕」は、これをもって、離婚請求権を消滅させるものではありませんが、婚姻の継続を相当と認めるとき(民法770条2項)として離婚請求を棄却する一つの事情(婚姻関係が破綻しているかどうかを判断する際の一つの事情)にはなるものと考えられます。