相続・遺言

2024/06/18 相続・遺言

生命保険金が特別受益に当たる場合について~考慮される事情と裁判例の紹介~

 本コラムでは、生命保険金が特別受益に当たる場合について、考慮される事情といくつかの裁判例を紹介します。

 

1 生命保険金と特別受益

 特別受益(民法第903条第1項)は、被相続人からの遺贈又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計資本としての贈与であり、生命保険金は、保険会社との契約により、保険金受取人とされたものが、保険会社から取得するものであることから、被相続人からの「遺贈」又は「贈与」に当たらず、原則として特別受益には当たりません。

 判例は、生命保険金請求権が特別受益として持戻しの対象となる場合について、下記のような判断を示しました。

 

2 判例

 判例(最決平成161029日民集58巻7号1979頁)は、まず死亡保険金請求権について、「上記の養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権又はこれを行使して取得した死亡保険金は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないと解するのが相当である。」として、原則として特別受益に当たらないことを確認しています。

 その上で、「もっとも、上記死亡保険金請求権の取得のための費用である保険料は、被相続人が生前保険者に支払ったものであり、保険契約者である被相続人の死亡により保険金受取人である相続人に死亡保険金請求権が発生することなどにかんがみると、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となると解するのが相当である。」として、例外的に死亡保険金請求権が特別受益に準じて持ち戻しの対象となる場合を示しました。

 なお、この特段の事情の有無については、「保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。」としています。

 

3 裁判例

 上記判例によれば、死亡保険金請求権が特別受益に当たる場合とは、「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合」であり、特段の事情の判断に当たっては、①保険金の額、②保険金の額の遺産の総額に対する比率、③同居の有無、④被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、⑤各相続人の生活実態等の諸般の事情が考慮されることになります。

 実際の裁判例で認められたケースと否定されたケースの一例としては、以下いくつかの裁判例を紹介します。

⑴ 肯定した裁判例

ア 東京高決平成171027日家月58594

 本決定は、抗告人が受領した生命保険金が特別受益に当たるかについて、「受領した保険金額は合計1億0129万円(1万円未満切捨)に及び,遺産の総額(相続開始時評価額1億0134万円)に匹敵する巨額の利益を得ており,受取人の変更がなされた時期やその当時抗告人が被相続人と同居しておらず,被相続人夫婦の扶養や療養介護を託するといった明確な意図のもとに上記変更がなされたと認めることも困難であることからすると,一件記録から認められる,それぞれが上記生命保険金とは別に各保険金額1000万円の生命保険契約につき死亡保険金を受取人として受領したことやそれぞれの生活実態及び被相続人との関係の推移を総合考慮しても,上記特段の事情が存することが明らかというべきである。」として、特別受益に当たるものと判断しています。

 本決定は、①受領した保険金額が合計1億0129万円に及ぶこと、②受領した保険金額が遺産の総額とほぼ同額(100%)であること、③保険金受取人変更当時同居していなかったこと、④扶養や療養介護を託するというような意図のもとにされたと認められないこと等の事情を考慮して、特段の事情の存在を認めています。

 

イ 名古屋高決平成18327日家月581066

 本決定の原審(岐阜家裁平成1747日家月581074頁)は、「死亡保険金等の合計額は5154864円とかなり高額であること、この額は本件遺産の相続開始時の価額の約59パーセント、遺産分割時の価額の約77パーセントを占めること、被相続人と申立人との婚姻期間は3年5か月程度であることなどを総合的に考慮すると上記の特段の事情が存するものというべき」として、特別受益に当たると判断しました。

 また、本決定も、「59パ―セント」を「61パーセント」に訂正するなどの一部付加訂正を行いましたが、基本的には、原審の判断どおり、特別受益を認めました。

 本決定では、①死亡保険金が多額であること、②死亡保険金が遺産の相続開始時価額の約61パーセント、遺産分割時価額の77パーセントを占めることに加えて、③被相続人と保険金受取人である申立人の婚姻期間の長さを考慮して、特段の事情を認め、特別受益に当たるものと判断しています。

 

⑵ 否定した裁判例

ア 大阪家裁堺支部平成18年3月22日家月581084

 裁判所は、「受領した死亡保険金は合計428万9134円であるところ、これは被相続人の相続財産の額6963万8389円の6パーセント余りにすぎないことや、後記第5の1(1)のとおり,相手方Bは、長年被相続人と生活を共にし、入通院時の世話をしていたことなどの事情にかんがみると、保険金受取人である相手方Bと他の相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らして到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存在するとは認め難い」として、特別受益に当たらないものと判断しました。

 本裁判例では、①受領した死亡保険金が相続財産の6パーセント余りにすぎないこと、②受取人が被相続人の入通院時の世話をしていたことを考慮して、特別受益に当たらないものと判断しています。

 

イ 広島高決令和4225日判タ1504115

 被相続人の妻である相手方が受領する死亡保険金が持戻しの対象となるかが問題となった事案で、裁判所は、「本件死亡保険金の合計額は2100万円であり,被相続人の相続開始時の遺産の評価額(772万3699円)の約2.7倍,本件遺産分割の対象財産(遺産目録記載の財産)の評価額(459万0665円)の約4.6倍に達しており,その遺産総額に対する割合は非常に大きいといわざるを得ない。」としつつ、①本件死亡保険金の額が、一般的な夫婦における夫を被保険者とする生命保険金の額と比較して,さほど高額なものとはいえないこと、②被相続人と相手方は,婚姻期間約20年,婚姻前を含めた同居期間約30年の夫婦であり、その間,相手方は一貫して専業主婦で,子がなく,被相続人の収入以外に収入を得る手段を得ていなかったこと、③本件死亡保険金の大部分を占める本件保険1について,相手方との婚姻を機に死亡保険金の受取人が相手方に変更されるとともに死亡保険金の金額を減額変更し,被相続人の手取り月額20万円ないし40万円の給与収入から保険料として過大でない額(本件保険1及び本件保険2の合計で約1万4000円)を毎月払い込んでいったことを考慮した上で、「本件死亡保険金は,被相続人の死後,妻である相手方の生活を保障する趣旨のものであったと認められる」としました。

 その上で、相手方が本件死亡保険金により生活を保障すべき期間が相当長期間にわたることが見込まれる一方で、抗告人(他の相続人)は,被相続人と長年別居し,生計を別にする母親であり,被相続人の父(抗告人の夫)の遺産であった不動産に長女及び二女と共に暮らしていることなどの事情を併せて考慮したうえで、特別の事情が認められないとして、持戻しの対象と認めませんでした。

 本裁判例でのケースは、遺産評価額に比して死亡保険金の合計額が大きいものではありますが、個別事情からすると、生活保障の趣旨であること等から持戻しを否定しています。また、本ケースでは、掛け捨て保険の事案であったことも判断に影響したものとも思われます。(※上記平成16年判例は、養老保険の死亡保険金の事案であり、通常の掛け捨ての生命保険よりも貯蓄的要素が強いことから、特別受益に該当しやすいものと考えられます。)

 

ウ 松山地判令和527

 被相続人の子を受取人とする生命保険金請求権が持戻しの対象となるかが問題となった事案で、裁判所は、まず、「保険金の額は2056万円と少額ではなく、保険金の額の遺産の総額に対する比率も約48%と決して低いものではない」としました。

 その上で、被告(受取人)は、他の相続人とは異なって、被相続人と約2年5か月の同居期間があること、他方で、他の相続人と被相続人との親子関係や人的交流はある時期より断絶されていたこと、他の相続人が被相続人からの貸付金の返還を事実上免れ、死後消滅時効を援用したこと等を考慮したことを踏まえ、「保険金受取人である被告とその他の共同相続人との間に生じる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存するとは認められない。」と判断しました。

 

3 まとめ

 生命保険金の持戻しが認められるか否かについては、金額や遺産総額に対する割合のほか、被相続人と受取人の関係、他の相続人との不公平といった点も併せて考慮されます。また、保険契約がいわゆる掛け捨てか否かで判断も異なってくるものと思われます。したがって、個別事情を踏まえて判断する必要があります。

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