相続・遺言

2024/06/14 相続・遺言

特別受益とは~概要と類型について~

 

 本コラムでは、特別受益について、その概要と類型について説明します。

 

目次

1、特別受益とは

2、特別受益の種類

 ⑴遺贈

 ⑵贈与

  ア 婚姻もしくは養子縁組のための贈与

  イ 生計の資本としての贈与

  ウ 学費

  エ 債務及び求償債権の免除

  オ 相続分の譲渡

  カ 不動産の無償使用

3、基本的には特別受益に該当しないと考えられるもの

 ⑴生命保険や死亡退職金

 ⑵扶養の範囲内での援助

 ⑶遺産額と比して少額である場合

4、特別受益者の範囲

5、特別受益確定の方法

6、特別受益が存在する場合の具体的相続分の算出方法

 ⑴算出方法

 ⑵具体例

7、特別受益の評価基準時

8、特別受益の持ち戻し免除

 

 

1 特別受益とは

 特別受益とは、一部の相続人が被相続人から受けていた特別の利益のことを言い、民法は、その様な相続人が存在する場合に、当該相続人が受けた特別の利益の額を考慮して当該相続人の具体的相続分を減らすという仕組みを設けています。

 一部の相続人が、被相続人から遺産の前渡しとみられる多くの財産を既に得ているにもかかわらず、これが考慮されずに法定相続分に応じて遺産の分割が行われることは、実質的に相続人間に不公平をもたらすことになる為です。

 民法第903条第1項は、「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」と定めており、被相続人から受けた①遺贈又は②婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として受けた贈与が特別受益とされることになります。

 

2 特別受益の種類

⑴ 遺贈

 遺贈は、目的や価額にかかわらず、すべて特別受益とされます。また、特定財産承継遺言(相続させる旨の遺言)による受益についても、第903条1項の類推適用により、特別受益とされます(広島高岡山支決平成17年4月11日家月57巻)。

 

⑵ 贈与

 贈与については、条文上は、①婚姻若しくは養子縁組のための贈与と②生計の資本としての贈与が特別受益として扱われます。もっとも、形式的にこれらの文言に当たるか否かというよりは、他の相続人との関係で公平を失するような贈与か、遺産の前渡しと見られる贈与であるかといった観点から実質的に判断されます。

 以下、特別受益として争いが生じることが多いものについて解説します。

 

ア 婚姻もしくは養子縁組のための贈与

 一般的には、特別な持参金や支度金については、金額が大きければ特別受益になると考えられています。これに対し、挙式費用や結納金については肯定説と否定説に分かれています。東京家庭裁判所家事第5部が出している「特別受益QA」によれば、結納金や挙式費用は特別受益には当たらないものとされています。

 この点については、婚姻支度を受けた者は特別受益者であるとした裁判例(大阪高決昭和40年4月22日家月17巻10号102頁)や、嫁入り道具や持参金等は、民法903条1項の定める「婚姻のため」の贈与にあたることはいうまでもないとした一方で、結婚式や結納の式典そのものに生じた費用については、「婚姻する者のみならずその両親ないし親戚一同にとって重要な儀式であることに鑑みると、両親が子の結婚式や結納の式典に生じた費用を支出したとしても、それを両親から子に対する「婚姻のため」の贈与と評価すべきではないと解するのが相当である」とした裁判例(名古屋地判平成16年11月5日金商判例1291号54頁)があります。

 もっとも、形式的な名称を基準に決まるものではなく、被相続人の資産や生活状況に照らして、標準的なものといえるのかという点や、他の相続人に対して渡された同種の金銭等を考慮して、特別受益に当たるか否かが判断されるものです。

 なお、相続人全員に同程度の贈与がある場合には、持ち戻し免除の黙示の意思表示があったものと認めるのが相当であるとした裁判例(大阪高決平成19年12月6日家月60巻9号89頁)があります。

 

イ 生計の資本としての贈与

 独立のための事業資金や、居住用の不動産(その取得のための金銭)、営業資金といった生計の基礎として役立つようなものの贈与がこれに当たります。

 被相続人の資産や生活状況に照らして、実質的に他の相続人との公平を害さないかという点が考慮される点については同様です。

 

ウ 学費

 形式的に、高校、専門学校、大学、大学院、留学というように分けて、学校の種別に特別受益に当たるか否かが決まるものではありません。 

 もっとも、現在の進学率等を考えると、高校の学費については、扶養義務の履行に基づく支出であると捉えるべき場合が多く、特別受益に当たらないことが多いものと考えられますし、大学についても私立大学医学部や薬学部の学費、留学の費用のように特別高額なものでない限り、親の子に対する扶養義務の範囲内の支出であるとして、特別受益には当たらないという考え方も有力です。

 また、大学院や留学についても、被相続人の資産や生活状況、受贈者の資質や能力等に鑑みて、扶養義務の履行に基づくものとして特別受益性が否定される場合もあります。

 近時の裁判例(名古屋高決令和元年517日判時244535頁)においても、大学院に通い、留学(10年間)をした子に対する同学費等の援助について、被相続人が生前経済的に余裕があったこと、他の相続人に対しても高額な時計や宝飾品や金銭を贈与していること、他の相続人も短期留学していること、遺産の規模などに照らして、特別受益に該当しない(仮に該当するとしても明示又は黙示の持ち戻し免除の意思表示があったものと認めるのが相当)と判断しています。

 また、医学部の学費が問題となったケースにおいても、親の資産,社会的地位を基準に、その程度の高等教育をするのが普通であると認められる場合には,当該学資の支出は親の負担すべき扶養義務の範囲内に入るものとして、個別事情を踏まえた上で、特別受益に該当しないものとした裁判例(東京地判平成20229日)が存在します。

 

エ 債務及び求償債権の免除

 被相続人が、自身が身元保証をしていた相続人(申立人)の夫の債務について、保証債務を履行した上で、同人に対して求償を行わなかったという事案について、「被相続人の右金銭の支払いは,自己の身元保証契約上の債務を履行したものであるから,それ自体は申立人に対する「生計の資本としての贈与」とは解することができないけれども,申立人の夫に対する求償債権の免除は,申立人に対する「相続分の前渡し」としての「生計の資本としての贈与」と解するのが相当である。」として、特別受益に当たるとした裁判例(高松家裁丸亀支部平成31119日家月44巻8号40頁)があります。

 この裁判例は、保証債務の履行自体は贈与と解することはできないとしつつ、保証債務の履行後、求償を行っておらず、求償権の免除があったとして、これをもって「生計の資本としての贈与」として特別受益に当たると判断しています。もっとも、求償を行っていない期間が短期間に過ぎないような場合には、免除をしたものと認められず、特別受益に該当しないとされる可能性もあります。

 また、相続人に対する開業資金貸付金について、被相続人が借入金債務の残額の免除の意思表示をしたケースで、債務免除により経済的利益を受けたものとして特別受益にあたるとした裁判例(東京地判平成30年4月27日)もあります。

 

オ 相続分の譲渡

 判例(最判平成30年10月19日民集72巻5号900頁)によれば、(先行する相続において)相続分の譲渡がされた場合には、「譲渡に係る相続分に含まれる積極財産及び消極財産の価額等を考慮して算定した当該相続分に財産的価値があるとはいえない場合を除き」特別受益に該当するものとされています。

カ 不動産の無償使用

 被相続人が相続人に対し、自身の所有する土地を無償で貸した場合(使用貸借)、相続人は当該土地の使用借権相当額の利益を受けたと考えられ、同利益が特別受益として認められる場合があります。また、東京家庭裁判所家事第5部の「特別受益QA」によれば、「被相続人の土地の上に相続人が建物を建てて所有し、被相続人に対して土地の賃料を払っていなかった場合には、「使用借権」に相当する額の特別受益があるとされることが多い」とされています。

 もっとも、この場合であっても、特別受益として認められるのは使用借権相当額(おおよそ更地価格の1割から3割程度)であり、使用期間の賃料相当額ではないことに注意が必要です。

 また、土地ではなく、建物を使用貸借していた場合には、基本的には特別受益には当たらないものと考えられていますが、これを認めた裁判例も存在します。

 

3 基本的には特別受益に該当しないもの

⑴ 生命保険や死亡退職金

ア 生命保険

 判例(最決平成16年10月29日民集58巻7号1979頁)によれば、原則的に特別受益には当たらないものの、「保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほど著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、当該死亡保険金請求権は特別受益に準じて持戻しの対象となる」ものとされています。

 「その他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほど著しいものであると評価すべき特段の事情」の有無については、「保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率のほか、同居の有無、被相続人の介護等に対する貢献の度合いなどの保険金受取人である相続人及び他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して判断すべきである。」ものとされます。

 

イ 死亡退職金

 死亡退職金についても、生命保険と同様に、原則的には特別受益に当たらないものの、民法903条の趣旨に照らして是認することができない特段の事情が存在するとき(東京地判平成25年10月28日民集70巻2号212頁)には例外的に特別受益に当たるものとの考え方が有力です。

 なお、東京家庭裁判所家事第5部が出している「特別受益Q&A」によれば、死亡退職金は、「労働協約や就業規則により死亡退職金を受け取る遺族の生活保障という趣旨が明らかなときは、特別受益には当たりません。他方、個人企業の役員が死亡した場合のように、死亡した本人の長年の功績に報いるという色彩が強い場合には、特別受益に当たるとされることが多いです。」とされています。

 

⑵ 扶養の範囲内での援助

 被相続人が親としての通常の扶養の範囲内で行った金銭的援助は、特別受益には該当しません。

 もっとも、この通常の扶養の範囲内は一律に○○万円と決せられるものではなく、被相続人の資産や収入状況、生活状況、遺産総額といったものに照らして判断されます。

 裁判例(東京家審判平成21 130日家月 62962頁)では、遺産総額や被相続人の収入状況に照らして、一月に10万円を超える送金は生計資本としての贈与であると認められるが,これに満たないその余の送金は親族間の扶養的金銭援助にとどまり生計資本としての贈与とは認められないとしたものがあります。

 

⑶ 遺産額と比較して、少額である場合

 贈与の金額が遺産と比較して少額である場合には、特別受益には当たらないと考えられています。

 遺産総額約740万円に対して、問題となっている贈与がせいぜい3万円程度であるというケースにおいて、「本件遺産の相続開始当時の価額約七四〇万円に比べて極めて少額であって、相続分の算定にほとんど影響のないものであるから、この場合も特別受益はないものとして算入をしないものとする。」として、特別受益に当たらないものと判断した審判例(大阪家審昭和38年9月18日家月16巻1号137頁)があります。

 

4 特別受益者の範囲

 民法第903条第1項は、「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるとき」と定めており、共同相続人に限られます。

 この点、被相続人から、共同相続人の配偶者や子ども等に贈与がなされたときに、同贈与が実質的には共同相続人に対する贈与として持戻しの対象となるか争いとなることがあります。

 原則として、相続人の配偶者や子どもらに対する贈与は、相続人に対する贈与ではなく、持戻しの対象とはならないと考えられています。もっとも、相続人でない者の受益が、実質的には、相続人の受益と同視できるのであれば、特別受益とされる可能性もあります。

 

5 特別受益確定の方法

 相続人間で特別受益の有無及びその額について合意ができるのであれば、これを前提として遺産分割協議を行うことが可能です。

 合意ができない場合には、家庭裁判所が遺産分割の審判の中で特別受益の有無及びその額について判断されることになります。

 なお、訴訟において、特定の財産が特別受益に当たるか否かの確認を求めることができるかという点については、これを否定した判例(最判平成737日民集493893頁)が存在します。

 

6 特別受益が存在する場合の具体的相続分の算出方法

⑴ 算出方法

 前述のとおり、民法第903条第1項は、「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」と定めています。

 そのため、特別受益がある場合には、

①相続財産の価額に特別受益に当たる贈与の価額を加算して相続財産(みなし相続財産)を算出し、

②そのようにして算出した相続財産に法定相続分(民法第900条、第901条)又は指定がある場合には指定相続分(民法第902条)を乗じて、個々の相続人の取り分(一応の相続分)を算出し、

③特別受益を受けた相続人については、②の取り分から、特別受益に当たる遺贈又は贈与の価額を控除し、それぞれの残額をもって具体的相続分とされます。

 

⑵ 具体例

 具体的なケースとして、

・被相続人A、相続人はAの妻B、子C及び子D

・相続財産が5000万円

・DがAから1000万円の特別受益とされる贈与を受けていた

という事例を想定します。

①みなし相続財産の額は、5000万円に1000万円を加算した6000万円です。

6000万円をみなし相続財産とした個々の相続人の一応の相続分は、

 B=6000万×1/2=3000

 C=6000万×1/4=1500

  D=6000万×1/4=1500

となります。

③特別受益を受けているDについては、特別受益の額である1000万円が控除されるため、500万円となります。

 したがって、最終的な具体的相続分は、

B3000

C1500

D500

となります。

 

7 特別受益の評価基準時

 贈与された財産の評価基準時については、相続開始時とする説が通説的な見解ですが、遺産分割時とする見解もあります。

 

8 特別受益の持ち戻し免除

 民法第903条第3項は、「被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う」と定めており、被相続人が、相続人が、遺産分割において、特別受益を持戻す必要がない旨の意思表示をしていた場合には、持戻しが不要となります。

 持戻し免除の意思表示は、明示のものでなく黙示のものであっても足ります(※「遺贈」については遺言によって持戻し免除の意思表示をしなければならないとする見解もあります)。

 黙示であっても、生活保障を目的とされた贈与や、相続人全員への贈与、家業承継の必要がある場合等には、持戻し免除の意思表示が認められやすいものと考えられています。

 また、配偶者に対する遺贈又は贈与については、「婚姻期間が二十年以上の夫婦の一方である被相続人が、他の一方に対し、その居住の用に供する建物又はその敷地について遺贈又は贈与をしたときは、当該被相続人は、その遺贈又は贈与について第一項の規定を適用しない旨の意思を表示したものと推定する。」(民法9034項)とされ、婚姻期間が20年以上の夫婦であって、居住用不動産の遺贈又は贈与をした場合には、持ち戻し免除の意思表示が推定されます。

 

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