2024/08/23 離婚・男女問題
婚姻費用の合意の成否及びその後の減額について
本コラムでは、婚姻費用分担額の合意の成否やその後の減額が争われるケースについて簡単に説明します。
1、婚姻費用分担額の合意について
2、婚姻費用分担額の合意の有無が争われた裁判例
3、合意に基づく婚姻費用分担額の増減額
1、婚姻費用分担額の合意について
婚姻費用の具体的な分担額については、夫婦間で協議が定まらない場合には、家庭裁判所における調停或いは審判手続きにより、分担額が決定されます。
もっとも、当事者間で合意ができる場合には、これにより定めることができます。
本コラムでは、合意の成否が争われる場合や、合意後に増減額が問題となるケースについて説明します。
2、婚姻費用分担額の合意の有無が争われた裁判例
⑴否定した裁判例
・東京地判平成29年7月10日判タ1452号206頁
ア 事案の概要
妻が、夫と別居するに際し、婚姻費用の支払について毎月20万円、毎年6月25日限り100万円と合意したと主張して、夫に対し,支払合意に基づき婚姻費用の支払いを求めた事案です。
妻は、支払合意の内容を記した手紙につき、夫から異議が述べられなかったこと、100万円や月々20万円の引き出しに異議が述べられなかったこと、月々20万円の婚姻費用を一時期自ら支払ったこと等の事実を支払い合意を裏付けるものとして主張しました。
イ 裁判所の判断
裁判所は、明示の合意については、事案の事実関係を踏まえた上で、「支払額や支払方法,支払期間等について,夫婦の資産,収入及び今後の長女の監護状況等を踏まえて,具体的な話合いがなされたことや,被告(夫)が本件手紙の記載内容を積極的に承諾したことを認めるに足りる証拠はない」こと等から、明示の支払合意が成立したとはいえないと判断しました。
また、預金引き出しに異議を述べず、支払いを続けたことについては、当初は妻との婚姻関係の修復のために,離婚を決意した後は円満な離婚成立のために行っていたものにすぎないとして、異議を述べなかったことや、支払いの事実からの合意の成立の推認も否定しました。
ウ 解説
本事案の判断に当たっては、「支払額や支払方法,支払期間等について,夫婦の資産,収入及び今後の長女の監護状況等を踏まえて,具体的な話合いがなされたことや,被告(夫)が本件手紙の記載内容を積極的に承諾したこと」が考慮されています。
本裁判例によれば、具体的な話し合いの有無(上記諸事情が考慮されたうえでの話し合い)や、書面の積極的な承諾というものが、婚姻費用の合意の成否の判断に当たって、考慮されることになるものと考えられます。
⑵肯定した裁判例
・東京地判平成30年4月20日
ア 事案の概要
妻が、別居中の夫である被告に対し、婚姻費用の分担の合意に基づいて月額35万円の支払を求めた事案です。
証拠として、夫の署名押印のある合意書が提出されていました。
イ 裁判所の判断
裁判所は、夫が、合意書に署名押印していること、夫が妻に支払う婚姻費用の月額として、35万円と明記されていたことを認定したうえで、「被告(夫)が本件合意書に署名押印したことにより,被告(夫)が原告(妻)に対して婚姻費用として月額35万円を支払う旨の合意をしたと認めることができる。」として、月額35万円の婚姻費用の支払い合意の成立を認めました。
また、夫の「本件合意書は,公正証書の下書きの趣旨で作成したものであって確定的な合意をしたものではない」との主張については、「公正証書の下書きの趣旨であっても,本件合意書の内容について原告被告間で意思の合致があった」として、合意の存在を認めました。
ウ 解説
本事案は、⑴の事案とは異なり、署名押印のある合意書が存在したことから、基本的にはこれをもって、合意の成立を認めています。
また、夫側からは、心裡留保による無効や強迫を理由とする取消しも主張されていましたが、前者については、別居後に給与(手取額)の50万円の70パーセントである35万円を原告に対して支払うことを認める趣旨の発言をしていること等の事情から、後者については、証拠を欠くとして、主張は認められませんでした。
3、合意に基づく婚姻費用(養育費)分担額の増減額
⑴減額の主張を否定した裁判例
・東京高決平成30年11月16日
ア 事案の概要
妻と夫の間で、婚姻費用を月額20万円とする合意書面が作成されていた事案です。
夫の側には、合意の翌月、給与が減額されているという事情がありました。
イ 裁判所の判断
原審(東京家審平成30年5月31日)は、夫において、給与の減額の程度を具体的に予見することは困難であったというべきであるとして、合意がなされた日の属する月の翌月以降の分担額については、合意に拘束されないとして、標準算定方式に基づき、翌月以降の婚姻費用を16万円としました。
これに対して、抗告審は、夫が合意以前に事件を起こし逮捕拘留されており、夫において職種の変更による減収も予想し得たこと、夫は妻に告訴を取り下げてもらうことを第一の目的として婚姻費用の額を合意したものであり、また、その際、夫は、事件を起こしたことにより減収を伴う不利益な措置を受ける可能性を認識し得たこと、減額幅が12パーセント余りにとどまり、合意の当時,予想し得た勤務先からの不利益の措置としての減収の予想の範囲内を超えるほどのものでないことを考慮したうえで、合意を変更するほどの事情が生じたものではないとして、月額20万円の婚姻費用の支払い義務を認めました。
ウ 解説
本裁判例では、合意後の事情変更(義務者給与の減収)による、婚姻費用減額の有無が争われました。原審が、給与の減額の程度を具体的に予見することは困難であるとして、事情変更を認めたのに対し、抗告審は、減収が予想し得たものであること、減額幅自体も予想の範囲内を超えるものでないこと等を理由に、事情変更を認めませんでした。
⑵減額の主張を認めた裁判例
・東京家審平成18年6月29日家月59巻1号103頁
ア 事案の概要
協議離婚の際に、公正証書によって合意された養育費の減額が問題となった事案です。
月額14万円の養育費の合意が、公正証書によりなされていました。
イ 裁判所の判断
裁判所は、合意された2人分の月額養育費の額は,算定表の標準的な月額養育費の額(約6万円)の2倍以上の額であり、申立人の収入額からみて,これを支払い続けることが相当に困難な額であったこと、申立人の両親からの援助(他人からの借り入れ)によって、養育費を支払っていたこと、申立人自身が借入金の返済をしなければならなくなったこと等の事情を考慮したうえで、「双方の生活を公平に維持していくためにも,本件養育費約定により合意された養育費の月額を減額変更することが必要とされるだけの事情の変更があるものと認められる。」と判断し、毎月9万円への減額としました。
ウ 解説
本事案は、合意した養育費の額が算定表の2倍以上の額であったという事案です。裁判所が考慮した事情からすると、「事情変更」といえるのかはやや疑問もありますが、判断の中でも述べられているように、双方の生活の公平という点が、減額を認めるに当たって大きな理由であるように思われ、参考になります。