相続・遺言

2024/06/20 相続・遺言

不動産の無償使用と特別受益について

 本コラムでは、不動産の無償使用が特別受益に当たる場合について説明します。

 

目次

1、特別受益とは

2、不動産の無償使用が問題となるケース

3、特別受益の判断枠組み

4、土地の無償使用

5、建物の無償使用

6、裁判例

 ⑴土地の無償使用

 ⑵建物の無償使用

7、おわりに

 

1、特別受益とは

 特別受益とは、一部の相続人が被相続人から受けていた特別の利益のことを言い、民法は、その様な相続人が存在する場合に、当該相続人が受けた特別の利益の額を考慮して当該相続人の具体的相続分を減らすという仕組みを設けています。

 一部の相続人が、被相続人から既に多くの財産を得ているにもかかわらず、これが考慮されずに法定相続分に応じて遺産の分割が行われることは、実質的に相続人間に不公平をもたらすことになる為です。

 民法第903条第1項は、「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」と定めており、被相続人から受けた①遺贈又は②婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として受けた贈与が特別受益とされます。

 

2、不動産の無償使用が問題となるケース

 親が、子どもに対して、自身の所有する土地や建物を無償或いは著しく低額で貸す(使用貸借)ケースはしばしば見られるところではあります。具体的には、親の敷地に子の建物を建てさせてあげた場合や、親が所有する建物を無償で子に貸していたようなケースです。

 このような場合、子は、当該不動産を使用するという経済的利益を得ていたことになりますが、これが特別受益に該当するか否かが問題となります。

 

3、特別受益の判断枠組み

 条文上は、①婚姻若しくは養子縁組のための贈与と②生計の資本としての贈与が特別受益として扱われます。もっとも、形式的にこれらの文言に当たるか否かというよりは、他の相続人との関係で公平を失するような贈与か、遺産の前渡しと見られる贈与であるかといった観点から、被相続人の資産や生活状況、他の相続人に対して渡された同種の金銭等を考慮して実質的に判断されます。

 したがって、不動産の無償使用の特別受益該当性についても、これらの要素を考慮して判断されることになります。

 

4、土地の無償使用

 遺産である土地上に、被相続人から建物を所有する許可を得て一部の相続人により同相続人所有の建物が建てられ、同土地を無償で使用していた場合、同土地は使用借権の設定された土地として評価されることになるものと考えられます。そして、同土地は使用借権設定による減価(更地価格のおおよそ1割から3割)をされるものとなります。

 一方で、同土地上に建物を所有し、無償で同土地を使用している相続人は、使用借権相当額の利益を受けたことになるため、これが特別受益とされる可能性が生じます。

 もっとも、地代相当額については、遺産の前渡しとして評価しがたいこと、遺産自体の減少がないことから、地代相当額を特別受益とすることは難しいものと考えられています。

 なお、東京家庭裁判所家事第5部による「特別受益QA」によれば、「被相続人の土地の上に相続人が建物を建てて所有し、被相続人に対して土地の賃料を払っていなかった場合には、「使用借権」に相当する額の特別受益があるとされることが多い」ものとされています。

 また、被相続人の土地を無償使用してきた相続人が、遺産分割で同土地の取得を希望するような場合には、同土地の評価を使用借権付の土地として減価した上で、使用借権相当額を特別受益として持ち戻すという処理をするのではなく、単に更地評価をした上で、同相続人が取得するという処理が実務上多いものと考えられています。

 

5、建物の無償使用

 相続人が、被相続人所有の建物に無償で同居していたような場合であっても、同相続人は、あくまでも独立の占有権原を有するものではないことから、使用借権を有しているとも考え難く、特別受益には当たらないものと考えられます。

 また、被相続人と同居していなかった場合であっても、第三者に対する対効力がないこと、恩恵的性格が強いこと、遺産の前渡しという性格が薄いこと等からすると、特別受益とは認められないとする考えが有力です。

 もっとも、無償使用させていた不動産が収益物件であって、本来賃貸しているものであったような場合には、事情によっては、賃料相当額が特別受益となり得るとの見解も存在します。

 なお、前掲東京家庭裁判所家事第5部による「特別受益QA」によれば、建物の無償使用については、「被相続人と同居していた場合には、特別受益には当たりません。同居していなかった場合にも、特別受益にはあたらないとされることが一般的で、家賃相当額が特別受益にあたるようなことはありません。」とされています。

 

6、裁判例

⑴ 土地の無償使用

ア 事案の概要

 被相続人の所有する土地上に、相続人である二男(原告)がアパートを建設し、これを所有していた事案(東京地裁平成151117日判タ1152241頁)です。遺留分侵害額算定に当たって、原告の本件土地使用が、被相続人から原告に対する本件土地使用貸借権及び賃料相当額の贈与に当たり、特別受益として持戻されるべきかが問題となりました。

イ 判決内容

 裁判所は、「本件土地につき,本件アパートの所有を目的とする使用貸借契約が成立していると認めるのが相当である。」としたうえで、「使用期間中の使用による利益は,使用貸借権から派生するものといえ,使用貸借権の価格の中に織り込まれていると見るのが相当であり,使用貸借権のほかに更に使用料まで加算することには疑問があり,採用することができない。」として、使用による利益(使用料)は、土地の使用貸借権価格の中に織り込まれており、別に加算することはしないと判断しました。

 また、具体的な土地の使用貸借権の価値としては、「土地の更地価格を算出し,これに15%を乗じた価格」として、同額分を特別受益として認めました。

ウ 付随する問題

(ア)持戻し免除の意思表示

 土地の使用賃借権相当額について、特別受益であると認められたとしても、持戻し免除の意思表示の有無は別途問題となります。

(イ)負担付きの場合

    被相続人所有の土地上に相続人が建物を建てたものの、他方で被相続人を扶養する負担を負っていた場合には、「扶養の負担と土地使用の利益とは実質的には相当の対価関係に立つから、特別受益はないと考えられる。」(片岡武・管野眞一「家庭裁判所における遺産分割・遺留分の実務(第4版)」日本加除出版)との見解も示されており、このような場合には特別受益が認められない場合もあります。

(ウ)使用貸借権の評価

 特別受益となる使用借権相当額は、更地価格の1割から3割までの間で事情によって決定されるものと考えられています。

 実際に、「遺産である土地について,被相続人が共同相続人の一人に生計を営むために使用することを認めていたものであるとして同相続人の使用借権を認定した上で、同相続人が使用借権を基礎として長期間にわたって園芸店の営業を継続していること、使用借権の内容及びその評価は、同相続人がその努力で営業を継続発展させてきた事実を考慮したものとなるとして、使用借権の評価額を土地の価格の3割とした裁判例(東京高決平成9年6月26日家月49巻12号74頁)もあります。

 

⑵ 建物の無償使用

ア 肯定した裁判例

 相続人が、被相続人が建てた建物に、新築時から判決時まで使用料を支払うことなく30年以上住み続けていたケースで、「(相続人の)使用借権に基づく占有使用であると認められるところ,この占有使用の利益は特別受益に当たるものというべきである」として、特別受益を認めた裁判例(東京地裁平成21 731日)が存在します。同裁判例では、土地も占有使用していたことから、建物及び土地を一体として評価した評価額の1割が特別受益の価額とされました。

 もっとも、賃料相当額によるべきとの主張については、これを退けています。

 なお、賃料相当額について特別受益として認めた裁判例として、被相続人が建てた建物に居住していたケースにおいて、「本件建物1は,被相続人の居住していた本件建物2とは別個の建物である上,(中略)という好立地の床面積合計201.61平方メートルの建物を使用することができる利益は,非常に大きなものであるから,恩恵的要素を重視することは相当ではなく,むしろ,これを生計のための資本としての贈与とみるのが相当である。」としつつ、さらに「賃料相当額の利益を受けた」として同額を特別受益として認めたもの(東京地判平成27325日)があります。

イ 否定した裁判例

 被相続人が建てた建物に20年間以上無償で居住した相続人の賃料相当額が特別受益として主張されたケースで、「建物の使用貸借は,恩恵的要素が強く,遺産の前渡しという性格は定型的に薄いこと,建物の使用借権は第三者に対抗できず,経済的価値も低い性質を有することを考慮すると,被相続人が生計の資本としていた賃貸物件を使用貸借の対象とした等の特段の事情がない限り特別受益には当たらないと解すべきである。」としたうえで、本件不動産はアパート等の賃貸用不動産ではなく戸建て住宅であり,同不動産を被相続人が過去に賃貸した等の事情も認められないから,本件不動産の使用貸借が被告の特別受益に当たるとは認められないとして、特別受益に当たらないと判断した裁判例(東京地判令和4224日)が存在します。

 また、被相続人所有のアパートの一室に無償で居住していてケースにおいても、「建物の使用貸借は,恩恵的要素が強く,遺産の前渡しという性格は定型的に薄く,また,建物の使用借権は第三者に対抗できず,経済的価値も低いといえる」としたうえで、「相続人が夫と別居に伴い家賃の支払いが困難になったことから複数の収益物件を有する被相続人が、自身の所有アパートに無償で住むことを許したというような事情に照らせば,アパートの無償使用は,被相続人による恩恵的措置であり,遺産の前渡しには当たらないというべきであるとし、仮に遺産の前渡しに当たると評価したとしても,被相続人による持ち戻し免除の意思表示があったと認めるのが相当であるとして、特別受益と認めなかった裁判例(東京地判平成30514日)が存在します。

 

7、おわりに

 上記の裁判例は一例であり、実際には個別事情によって判断は異なります。不動産の無償使用が特別受益に当たるのか、当たるとしてその価額はいくらになるのかという点については、個別の事情を踏まえて判断する必要がありますので、一度弁護士に相談されることをお勧めします。

 

Contactお問い合わせ

お電話でのお問い合わせ

04-7197-1166

〈受付時間〉月〜土曜 9:00〜18:00

メールでのお問い合わせ 24時間受付中

© 虎ノ門法律経済事務所 柏支店 – 千葉県・柏市の弁護士へ法律相談