相続・遺言

2024/06/16 相続・遺言

学費と特別受益について

 本コラムでは、学費が特別受益になる場合について、いくつかの裁判例と裁判例における考慮要素を紹介します。なお、ここで紹介する裁判例は、一部であり、事案によって様々な異なった判断がされうることにはご留意ください。

 

 目次

1、特別受益とは

2,学費と特別受益

3、裁判例

 ⑴大学院及び留学費用について

 ⑵医学部の学費

 ⑶歯学部の学費①

 ⑷歯学部の学費②

 ⑸世帯を異にした後の援助

4、持戻し免除の意思表示

 

1 特別受益とは

 特別受益とは、一部の相続人が被相続人から受けていた特別の利益のことを言い、民法は、そのような相続人が存在する場合に、当該相続人が受けた特別の利益の額を考慮して当該相続人の具体的相続分を減らすという仕組みを設けています。

 一部の相続人が、被相続人から既に多くの財産を得ているにもかかわらず、これが考慮されずに法定相続分に応じて遺産の分割が行われることは、実質的に相続人間に不公平をもたらすことになる為です。

 民法第903条第1項は、「共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、第九百条から第九百二条までの規定により算定した相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除した残額をもってその者の相続分とする。」と定めており、被相続人から受けた①遺贈又は②婚姻若しくは養子縁組のため若しくは生計の資本として受けた贈与が特別受益とされることになります。

 

2 学費と特別受益

 子である相続人が、親である被相続人から、学費の援助を受けていた場合に、同額が被相続人から相続人への特別受益に当たる贈与となるかについて争われることがあります。

 条文上は、①婚姻若しくは養子縁組のための贈与と②生計の資本としての贈与が特別受益として扱われます。もっとも、形式的にこれらの文言に当たるか否かというよりは、他の相続人との関係で公平を失するような贈与か、遺産の前渡しと見られる贈与であるかといった観点から実質的に判断されます。

 学費についても、形式的に、高校、専門学校、大学、大学院、留学というように類型別に分けて、学校の種別によって特別受益に当たるか否かが決まるものではないものと考えられますが、私立大学医学部や薬学部の学費、留学の費用のように特別高額なものでない限り、親の子に対する扶養義務の範囲内の支出であるとして、特別受益には当たらないという考え方も有力です。

 また、私立大学医学部や薬学部の学費、大学院や留学の費用といったものについても、被相続人の資産や生活状況、受贈者の資質や能力等に鑑みて、扶養義務の履行に基づくものとして特別受益性が否定される場合もあります。

 以下では、学費と特別受益に関する裁判例をいくつか紹介します。

 

3 裁判例

⑴ 大学院及び留学費用について

 大学院及び留学費用の特別受益該当性が問題となった事案(名古屋高決令和元年517日判時244535頁)で、裁判所は、

 「学費、留学費用等の教育費については、被相続人の生前の資産状況、社会的地位に照らし、被相続人の子である相続人に高等教育を受けさせることが扶養の一部であると認められる場合には、特別受益には当たらないと解するのが相当である。」との判断枠組みを示した上で、

 「被相続人一家は教育水準が高く、その能力に応じて高度の教育を受けることが特別なことではなかったこと、原審申立人(学費、留学費用等の教育費用の受領者)が学者、通訳者又は翻訳者として成長するために相当な時間と費用を費やすことを被相続人が許容していたこと、原審申立人が、自発的に被相続人に相当額を返還していると認められること、(中略)また、被相続人は、生前、経済的に余裕があり、抗告人や抗告人の妻に対しても、高額な時計を譲り渡したり、宝飾品や金銭を贈与したりしていたこと、抗告人も一橋大学に進学し、在学期間中に短期留学していること、被相続人が支出した大学院の学費や留学費用の額、被相続人の遺産の規模等」に照らして、

 「原審申立人の大学院の学費、留学費用は、原審申立人の特別受益に該当するものではな」いと判断しました。

 この裁判例では、①被相続人の生前の資産状況、②社会的地位のほか、③被相続人一家の教育水準、④受領者が被相続人に相当額を返還していること、⑤被相続人から他の相続人への贈与、⑥被相続人が支出した学費や留学費用の額、⑦被相続人の遺産の規模等を考慮して、特別受益に当たるかの検討を行っています。

 なお、遺産総額は1億3076万8243円(みなし相続財産は1億3663万1701円)という事案でした。

 

⑵ 医学部の学費

 被相続人が子Y2に対して支出したとされるY2の医学部の学費が特別受益に当たるかが問題となった事案(東京地判平成20229日)で、裁判所は、

 「学資に関しては,親の資産,社会的地位を基準にして,その程度の高等教育をするのが普通であると認められる場合には,当該学資の支出は親の負担すべき扶養義務の範囲内に入ると解される。」と基準を示した上で、

 「被相続人は裕福な医師であり,被告Y2に対し医学部への進学を強く希望して勧めて同被告が進学したことが認められる。これらの事情の下で,親である被相続人の職業,資産,社会的地位を基準にすると,被告Y2が医学部に進学して教育を受けるのは特別なことではなく,上記学資の支出は親の負担すべき扶養義務の範囲内に入るとみることができる。」と判断しました。

 また、上記に加えて被相続人が急に病に倒れたために,Y2は同族会社の経営を引き継医師になることを断念し、学費が生計の資本として生かされなくなったことや、Y2が医師になることを諦めて被相続人の後継者として同族会社の経営に当たったことにより,同族会社の維持・発展が果たされたこと等の事情も考慮された上で、生計の資本としての贈与に当たらないと結論付けられています。

 この裁判例では、親の資産,社会的地位を基準にして,その程度の高等教育をするのが普通であると認められる場合には,当該学資の支出は親の負担すべき扶養義務の範囲内に入るという基準を示した上で、①被相続人が裕福な医師であったこと、②被相続人が相続人の医学部進学を強く希望していたこと等を考慮して、扶養義務の範囲内に入ると判断しています。

 

⑶ 歯学部の学費①(東京高決平成171027日家月58594頁)   

 上記裁判例は、歯学部を卒業した相続人の学費等について、大学受験予備校に通学した学費(3年分)約190万円、大学受験料3年分約60万円、大学授業料(850万円、大学5年間の生活費720万円、国家試験受験予備校の費用(授業料年額180万円の2年分。夏期講習20万円)380万円を特別受益として認めています。

 上記決定においては、特段事情について詳しくは述べられていませんが、遺産の相続開始時の評価額は、合計1億134万円であり,みなし相続財産は,これに特別受益(他の相続人のものも含む)を加えた2億4084万円であった事案です。

 

⑷ 歯学部の学費②

 Bが支出した、子Aの歯学部の学費が特別受益に当たるかが問題となった事案(東京地判令和2年1月28日)で、裁判所は「(Aの)学費は7年間で合計1843万0800円であったことが認められ,A及び被告Y4(Aの兄妹)との間には,各人の進学先等により結果的に要した学費に相当の差異が生じていることはうかがわれる。」としつつも、

 「しかしながら,前記認定事実によれば,B家は,明治時代から代々△△においてD歯科医院を開業しており,B自身も三代目としてD歯科医院を経営する歯科医であったこと,Bの長男である被告Y1は,I大学医学部を卒業して外科医となり,二男Y2は,G歯科大学に入学して歯科医となり,被告Y3は,私立の女子短期大学を卒業するなどしており,Bの子らはいずれも大学ないし短期大学を卒業していること,D歯科医院を承継する可能性があったのはAのみであり(前記1(1)),BとしてもAが同医院を継ぐことを望んでいたものと考えられること等の事情」を考慮して、

 「Aに要した学費等は,被告らに要した学費と同様,いずれもBの子に対する扶養の一内容として支出されたものと解するのが相当であり,生計の資本としての贈与には該当しない」として、特別受益に当たらないと判断しました。

 この裁判例では、①他の兄弟姉妹も医学部や歯科大学に進むなどしていること、②被相続人が医院を継ぐことを望んでいたことを考慮した上で、扶養の一内容としてされたものであると判断しています。

 

⑸ 世帯を異にした後の学費の援助

 相続人が、被相続人の扶養を離れ、被相続人と世帯を異にしてから、専門学校に進み、同学校の学費を援助してもらったようなケースで、学費相当額の贈与が特別受益に当たるか問題となった事案(東京地裁令和2824日)があります。

 裁判所は、同裁判例で、相続人原告が、被相続人から専門学校の学費として受領した100万円の贈与について、「同援助当時の被告は30代半ばで,既に婚姻しA(被相続人)とは世帯を異にしているのであって,未成年者等への通常の学費の援助と同視することはできないため,親の子に対する扶養義務の履行とはいえず,また,他の兄弟との均衡上特別受益として考慮すべきでないともいえない。」として特別受益を認めました。

 もっとも、あくまでも一裁判例であり、常に世帯を異にしてからの学費の援助が特別受益に当たるというものではないと考えます。

 

4 持戻し免除の意思表示

 特別受益に該当する場合の受益分の持戻しについては、「被相続人が前二項の規定と異なった意思を表示したときは、その意思に従う。」(民法9033項)とされており、被相続人が特別受益を遺産分割に当たって持戻すことを免除する意思表示を行っていた場合には、受益分の持戻しが不要となります。

 また、この意思表示は、黙示のもので足ります。

 そのため、仮に学費が特別受益に当たる場合であっても、持ち戻し免除の意思表示の有無について検討する必要があります。

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